年越し
そのどうしようもない事実を、私はただ静かに受け止めていた。
古い一年が終わり、そして新しい一年が、始まろうとしていた。
その時だった。
石段の上から、二つの人影が現れたのは。
一人は、未来さんだった。
そして、その隣に寄り添うようにして歩いてくる、もう一人の少女。
以前よりも少し痩せて、その瞳にはまだ深い悲しみの色が残っている。
でも、その姿を私が見間違えるはずがなかった。
「あお」
私のそのか細い呟きに、彼女はびくりと肩を震わせた。
「しおりっ!」
私たちの視線が交差する。
彼女は、走って私たちの元へと駆け寄ってくる。
そして、私の車椅子の前で足を止めた。
何を、言えばいいのだろう。
「ごめんね」だろうか。「ありがとう」だろうか。
私の思考が、言葉を探してさまよう。
しかし彼女は、そんな言葉など必要ないと言うかのように、静かに私の前にしゃがみ込み、私の冷たい手を彼女の両手でそっと包み込んだ。
その手の温かさ。
それだけで、十分だった。
私たちの間には、もう何の言葉も必要なかった。
「さて、全員揃ったことだし!」
あかねさんが、パン!と手を叩いた。
「年越しそば、食べに行かない?私、もうお腹ぺこぺこー!」
そのいつも通りの明るさが、私たちの間のぎこちない空気を優しく溶かしていく。
その和やかな空気の中で、ずっと黙っていた部長が、意を決したように口を開いた。
彼は、未来さんとあかねさんに向き直り、そして深く、深く、頭を下げたのだ。
「…未来、あかね。…悪かった」
「俺は、お前たちに全てを押し付けて逃げた。部長としても、先輩としても、最低だった。…本当に、すまない」
その、心からの謝罪。
未来さんは静かに首を横に振る。
そして、あかねさんが少しだけ意地悪く笑った。
「もー、今更ですよ、部長先輩!でも、まあ、その罪滅ぼしに、今日の年越しそばは先輩の奢りってことで、許してあげます!」
「…おう!」
彼は涙で濡れた顔を上げ、そして照れくさそうに笑った。
私たちの失われた一年が、その瞬間にようやく本当に終わりを告げたような気がした。
やがて夜が更けていく。
私たちは、あの長い石段の中腹に五人並んで腰を下ろし、眼下に広がる街の夜景を眺めていた。
他愛のない会話。
穏やかな沈黙。
そして、時折響き渡る笑い声。
その全てが、かけがえのない宝物だった。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
遠くの本殿から、厳かに除夜の鐘が響き始めた。
ゴーン…。
一つ目の鐘の音と共に、古い年の全ての苦しみが清められていくようだ。
私は隣に座る葵の手を強く握りしめた。
彼女もまた、私の手を強く握り返してくれた。
ゴーン…。
百八つの鐘の音が、一つ、また一つと私たちの心を洗い流していく。
私は、仲間たちの顔を見渡した。
涙を堪えながら、必死に笑顔を作っている、葵。
その葵の肩を、優しく抱き寄せる、あかねさん。
全てを見守るように、静かに空を見上げる、未来さん。
そして、どこか吹っ切れたような清々しい顔で、夜景を見つめる、猛先輩。
ゴーン…。
最後の鐘の音が冬の夜空に響き渡り、そして静かに消えていった。
新しい年が、始まる。
(…神様。もし、あなたが本当にいるのなら)
私は、心の中で静かに祈った。
(どうか、この温かい時間が永遠に続きますように、とはもう言いません)
(ただ、このどうしようもなく不器用で、そしてかけがえのない仲間たちと、これから訪れる全ての光と闇を、共に背負って歩いていけますように)
その私の新しい願いは、きっともう誰にも邪魔されることはないだろう。
私たちの本当の「リハビリ」は、今、この場所から確かに始まったのだから。
その確かな予感だけが、私の心を、どこまでも温かく照らしていた。




