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異端の白球使い  作者: R.D
引き継がれる異端 それぞれの過去

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罪悪感

 私の、その言葉が彼の心の奥に少しでも届けばいいと、そう願いながら。


 私たちは夕焼け空の下、しばらくの間何も言わずに並んで座っていた。


 過ぎ去った一年に、そしてこれから始まるであろう新しい年に、思いを馳せながら。


 私たちのリハビリは、まだ始まったばかりだ。


 でも、もう一人じゃない。


 その確かな温かさが、私の心を静かに満たしていく。


 その静寂を破ったのは、私たちの背後から聞こえてきた、か細い声だった。


「…はぁ…はぁ…つ、着いた…」


 その息も絶え絶えな声に、私と部長は同時に振り返る。


 そこに立っていたのは、肩で大きく息をしながら、膝に手をつくあかねさんだった。


 そして何よりも信じられなかったのは、彼女がその背中に、折り畳まれた私の車椅子を背負っていたことだ。


「…あかね、さん…?」


 私のその驚きの声に、彼女は顔を上げ、そしてへにゃりとした笑顔を浮かべた。


「ひさ、しぶり…、しおりちゃん…。間に、合ったみたいだね…」


 息も絶え絶えで途切れさせながらも、楽しそうにしている。


「え、ええ…」


 私は、呆然としていた。


 あの果てしない石段を。


 この重い車椅子を背負って、登ってきたというのか。


 私の思考がフリーズする。


 私は引きつった声で言った。


「…力持ち、ですね、あかねさん…」


「あはは…、伊達に毎日マネージャーやってないからね…」


 彼女はそう言って車椅子を地面に下ろし、そして力尽きたように私の隣のベンチにどさりと腰を下ろした。


「あー、疲れたー!」


 私はようやく我に返り、そして尋ねた。


「なぜ、ここに…?というか、車椅子はなぜ…?」


「んー?年越しは、ここで過ごしたいなって思って、気がついたらここに足が向かってたんだ」


 彼女は、こともなげにそう言った。


 そして、ああそういえば、と思い出したように続けた。


「さっき未来さんから連絡があってね。葵ちゃんもこっちに向かってるって。だから、しおりちゃんの車椅子、ないと不便かなーって思ってさ」


 あおも、来る。


 その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。


 部長も、驚いたように目を見開いている。


 そうだ。


 みんな、ここに集まるんだ。


 去年と同じ、この場所に。


 失われた一年を、取り戻すために。


 隣で、あかねさんが幸せそうに伸びをしている。


 私の口元が、自然と綻んでいくのが分かった。


 私たちの新しい一年の始まりは、どうやら最高に賑やかで、そして温かいものになりそうだ。


 その確かな予感が、私の心を静かに満たしていった。


 一通り疲れを癒やしたあかねさんが、ふと思い出したように、私の隣に座る部長へと向き直った。


 その声は、あくまで明るく、そして自然だった。


「あ、そうだ。部長先輩も、お久しぶりです!高校、どうですか?」


 その、あまりにも自然な問いかけ。


 しかし、それを向けられた部長の肩が、ほんのわずかにこわばったのを、私の目は見逃さなかった。


「…あ、ああ。久しぶりだな、あかね」


 彼の声は、ぎこちなかった。


 彼はあかねさんの顔を真っ直ぐに見ることができずに、視線を泳がせている。


(…罪悪感、か)


 私の頭脳が、冷静にその理由を分析する。


 そうだ。彼はこの一年間、逃げ続けていた。


 部のこと、私たちのこと、その全てから。


 あかねさんは、彼がその全てを託して去っていった後輩、そのものなのだ。


 彼が気まずさを感じるのは、当然だ。


 あかねさんは、そんな彼の心の内を知ってか知らずか。


 あくまで明るく、会話を続ける。


「東京の卓球部って、やっぱり強いですか?部長先輩がいるくらいだから、相当ですよね!」


「…まあな。レベルは、高いよ」


「へえー!いいなー!今度、練習とか見に行ってみたいです!」


 その会話。


 一見、ごく普通の先輩と後輩のやり取り。


 しかし、その言葉の一つ一つには、見えない壁があった。


 あかねさんの笑顔は太陽のようだったが、その光はどこか彼の心までは届いていない。


 そして、彼の言葉は短く、どこか他人行儀だった。


 二人の間には、一年間という、あまりにも長く、そして重い空白の時間が横たわっている。


 その時間を埋めるための言葉を、まだ二人は見つけ出せずにいるのだ。


 やがて、そのぎこちない会話は途切れ、三人の間に静寂が訪れた。


 私は、その静寂を破るように、あえて全く別の話題を切り出した。


「…そういえば、あかねさん。未来さんたちは、もうすぐ着くのですか?」


 その私の一言で、二人の間の張り詰めていた空気が、ふっと緩んだのが分かった。


 そうだ。


 まだ、時間はかかる。


 私がそうだったように。


 彼らが、そして私たちが、本当の意味で再び笑い合えるようになるまでには。


 私たちのリハビリは、まだ始まったばかりなのだ。


 そのどうしようもない事実を、私はただ静かに受け止めていた。


 遠くで、除夜の鐘の練習の音が聞こえてくる。


 古い一年が終わり、そして新しい一年が、始まろうとしていた。

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