石段
私たちは、あの懐かしい神社の石段の前に立った。
去年はあおたちと五人で、笑い合いながら駆け上がったこの長い石段。
部長は、私の車椅子の後ろに立ち、そして途方に暮れたように言った。
「…おいおい。これを、どうやって上がるんだよ…」
私は彼を振り返り、そして静かに笑みを浮かべた。
「登る方法なんて、一つしかないじゃないですか」
「…まさか、お前…!」
「その、まさかです」
彼が何かを言い終える前に、私は車椅子のブレーキをかけ、そしてその車椅子を支えにゆっくりと立ち上がった。
震える足。
しかし、その瞳には揺るぎない決意の光が宿っていた。
私は彼に背を向け、石段のその最初の一段に足をかけた。
一歩、また一歩と、ゆっくりと登っていく。
自分の全体重が足の筋肉にのしかかり、悲鳴を上げる。
息が苦しい。
でも、私は進む。
数段登った、その時だった。
私の体が、ぐらりと揺れた。
視界が白く染まり、平衡感覚が消える。
後ろへと倒れ込む、その瞬間。
大きな、そして温かい何かが、私の体を力強く受け止めた。
部長の胸板だった。
「…馬鹿野郎!ハラハラさせんじゃねえよ!」
その声は怒っているようで、しかしその奥には深い安堵の色が滲んでいた。彼の顔は、少しだけ青ざめている。
彼は何も言わずに私の前にしゃがみ込み、そして私に背中を向けた。
「…乗れ」
「…え?」
「いいから乗れ。俺が、お前を運んでやる」
その、あまりにも不器用で、そして力強い命令。
私は少しだけ戸惑ったが、彼のその広い背中に、そっと体を預けた。
彼がゆっくりと立ち上がる。
その背中の温かさと力強さが、私を包み込む。
「…お前、軽すぎねえか。ちゃんと食ってんのかよ」
彼はそう言いながら、一段、また一段と石段を登り始めた。
その足取りには、一切の迷いも揺らぎもない。
私は彼の背中に顔をうずめながら、静かに、そして少しだけ意地悪く呟いた。
「…強がりは、いい結果を生みませんよ」
「…あ?」
「あなたも、そうだったでしょう?一人で全てを背負い込み、自分を痛めつけて。…それは強さではありません。ただの自己満足です」
私のその言葉に、彼は何も言い返さなかった。
ただ、ふっと息を漏らし、そしてどこか吹っ切れたように笑った。
「…はっ!うるせえな」
「見てろよ、しおり。こんな石段、走ってでも登ってやるぜ!」
その彼の声は、もう罪悪感に濡れてはいなかった。
それは、私がずっと聞きたかった、あの頃の声だった。
私たちは、登っていく。
一歩、また一歩と。
彼の背中の温もりを感じながら。
彼の力強い鼓動を聞きながら。
私は、静かに目を閉じた。
そうだ。
私たちの長い、長いリハビリは、まだ始まったばかりだ。
そして、その道のりは、もう決して一人ではない。
その確かな事実だけが、私の心をどこまでも温かく照らしていた。




