救済
彼の長い、長い告白が終わった。
床に座り込み、彼はまるで迷子になった子供のようにうなだれている。
私はしばらく黙って、彼が語ってくれた一年間の地獄を、頭の中で反芻していた。
やがて、私は静かに口を開いた。
「…一つ、分からないことがあります」
私のその静かな声に、彼がゆっくりと顔を上げる。
「私が目覚めた時。あなたは確かに、あの病室にいてくれた。でも、あなたはすぐにいなくなってしまった」
「そして、凛月さんから聞きました。あなたはあの日を境に、さらに自分を追い込む練習を始めた、と」
私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥にある、深い闇を見透かすように。
「…なぜ、そんな愚かなことをしたのですか?」
その問いに、彼は苦しそうに顔を歪めた。
そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「…怖かったんだよ」
「お前のその…声もまともに喋れない姿を見て。それなのに、お前の目にはあの頃と変わらない、強い光が宿っていた」
「お前が必死に立ち上がろうとしているのに。俺は…俺は、ただ東京に逃げて、お前の見舞いにも一度も行かなかった…!」
「そんな俺に、お前の近くにいる資格なんてない、と思ったんだ。だから、せめてお前に追いつけるように、もっと強くならなければ、と…」
その、あまりにも不器用で、そして誠実な答え。
私は、深いため息をつきたくなった。
そして、その口元には呆れと、そしてほんの少しの愛おしさが混じった笑みが浮かんでいた。
「…なにをやっているんですか、あなたは」
私のその言葉に、彼ははっと顔を上げる。
私は、続けた。
「あなたは、本当に部長らしいですね」
「どこまでも不器用で、一人で全てを背負い込もうとする」
私はそこで一度言葉を切った。
そして、私の新しい心が紡ぎ出す、本当の言葉を彼に告げた。
その声は、氷のように冷徹で、しかし、どこまでも温かかった。
「部長。あなたのその行為は、ただの自己満足です」
「あなたが体を痛めつけて、何か変わりましたか?私が喜びましたか?未来や、あかねさんが救われましたか?」
「いいえ。誰も救われない。あなたは、ただ自分自身の罪悪感という名の見えない敵と、一人で戦っていただけ。それは、かつての私と全く同じです」
「…私が倒れてから何があったのか、話してくれてありがとう」
「でも、本当に償いをしたいのであれば。本当に私やみんなの力になりたいのであれば」
私は、彼に向かってそっと手を差し伸べた。
「…もう、一人で戦うのはやめてください」
「あなたが私に教えてくれたではないですか。『お互いを支え合えば、乗り越えられる』と」
「…私たちだけでは、足りないのです。あなたの、その馬鹿みたいに熱い魂の力が、必要なんです」
私の、その言葉。
彼の瞳が大きく見開かれ、そして、そこから一筋、熱い何かが零れ落ちた。
それは、彼が一年間ずっと一人で溜め込んできた、孤独と後悔の涙だった。
「…俺は」
彼の、震える声。
「…俺は、お前たちの隣にいても、いいのか…?」
私は、力強く頷いた。
そして、あの全国の頂点で彼に見せたとびっきりの笑顔を浮かべて、言った。
「当たり前じゃないですか。私たちの、仲間なんですから」




