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異端の白球使い  作者: R.D
引き継がれる異端 それぞれの過去

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共闘関係

 私たちの奇妙な共闘関係は、その夜から始まった。


 それから、毎日。


 放課後の練習が終わった後、私と猛は二人、体育館に残った。


 最初は、彼のあの狂ったような走り込みに付き合うことから始まる。


 一周、また一周。


 彼のペースは落ちない。いや、むしろ時間が経つにつれて上がっていく。


 その背中から発せられる、執念のような気迫に、私は少しだけ気圧される。


(…化け物ね)


 私は、彼の半分ほどの距離を走り終えたところで離脱する。


 私の目的は強くなることであり、体を壊すことではないからだ。


 息を整えながら、私は走り続ける彼の姿を観測していた。


 そして、彼の走り込みが終わると、ようやく卓球の練習が始まる。


 乱打、フットワーク、そして試合形式。


 その打ち合いの中で、私はすぐに彼の異変に気づいた。


 今の彼の卓球は、あまりにも単調だった。


 あるのは、ただ圧倒的なパワーだけ。


 かつて彼が持っていたはずの勝負勘や、戦術の組み立てといった柔軟さが、完全に消え失せている。


 ただ、ひたすらに力押しのドライブを叩き込んでくるだけ。


 その単調な攻撃を私がいなしていると、彼の目にはほんのわずかに苛立ちの色が浮かぶ。


 最初は、その理由が分からなかった。


 しかし、何日も彼と打ち合いを続けるうちに、私は一つの仮説にたどり着いた。


(…そうか。この人は、私と戦っているのではないんだ)


 彼のその怒りのような感情。


 その全てのベクトルは、ネットの向こう側にいる私ではなく。


 彼、自身に向いている。


 彼は、全てのボールを叩き潰そうとしている。


 それは対戦相手ではない。


 彼自身の心の中に巣食う、「守れなかった」という罪悪感。


「無力だった」という、後悔。


 その見えない敵と、彼は一人戦っているのだ。


 私が返球するボールは、彼にとって、その忌まわしい記憶を呼び覚ます引き金に過ぎない。


 その仮説にたどり着いた時、私は深いいため息をつきたくなった。


 なんて不器用で、そして愚かな男なのだろう。


 これでは強くなるどころか、ただ自分をすり減らしていくだけだ。


(…こんなことを続けていたら)


(この人は、そのうち本当に壊れてしまう)


 その、取り返しのつかない瞬間が訪れる前に。


 私がすべきことは、何なのか。


 私はネットの向こう側で、獣のように荒い息を吐く彼の、その孤独な背中を見つめながら、静かに思考を巡らせる。


 私の本当の「試練」は、静寂さんとの再戦ではないのかもしれない。


 この目の前にいる、傷ついた彼をどう救い出すか、ということなのかもしれない。


 その答えの出ない問いだけが、私の心の中に重くのしかかっていた。


________________________________


 それから、毎日。


 放課後の練習が終わった後、俺と小笠原は二人、体育館に残った。


 メニューはいつも同じだ。


 まず、走る。


 俺が倒れる寸前まで。


 一周、また一周。


 俺は何も考えない。


 ただ、肺が焼ける痛みと、足が鉛になる感覚だけを求める。


 この肉体的な苦痛だけが、俺の頭の中にこびりついて離れないあの日の光景を、ほんの一瞬だけ上書きしてくれるからだ。


 小笠原は、いつも俺の半分ほどの距離で走るのをやめる。


 そして息を整えながら、トラックの内側で走り続ける俺の姿を、じっと観測している。


 その冷たい、分析するような視線が俺の背中に突き刺さる。


(…化け物でも見るような目だな)


 俺は、心の中で毒づいた。


 俺の地獄のマラソンが終わると、ようやく卓球の練習が始まる。


 向かいに立つ小笠原は、常に冷静だった。


 俺がどれだけ感情をむき出しにしてボールを叩きつけても、彼女は表情一つ変えない。


 その氷のような瞳。


 それが時々、あのしおりの瞳と重なって見えて、俺の心は苛立った。


(…違う)


(俺は、お前と戦っているんじゃない)


 俺が本当に戦っている敵。


 それは、ネットの向こう側にはいない。


 俺の内側にいるのだ。


「お前が弱かったからだ」


「お前が守れなかったからだ」


 その声が、ボールを打つたびに頭の中で反響する。


 俺は、その忌まわしい声を振り払うように、さらに強くラケットを振った。


 戦術なんてどうでもいい。


 ただ、この黒い感情の全てを、この白いボールに叩きつけて粉砕してやりたかった。


 しかし、小笠原はそれを許さない。


 俺の単調な力押しのドライブを、彼女は嘲笑うかのようにいなし、そして的確なカウンターで俺の体勢を崩してくる。


 俺がミスをするたびに、彼女のその冷たい瞳が、こう言っているようだった。


「その程度なの?」と。


(…うるさい…!)


(うるさい、うるさい、うるさい!)


 俺は獣のように咆哮しながら、ボールに食らいついた。


 強くなりたい、のではない。


 ただ、この罪悪感を破壊できるほどの、圧倒的な「力」が欲しいだけだ。


 その日の練習が終わる。


 俺は床に倒れ込み、荒い息を吐き続けた。


 小笠原はそんな俺を一瞥し、そして静かに言った。


「…また、明日」


 その言葉は、俺にとって「お前の罰はまだ終わらない」という、地獄の宣告のように聞こえた。


 一人残された体育館。


 俺はゆっくりと体を起こす。


 そして、ネットの向こう側に立つ、見えない「敵」を睨みつけた。


 そうだ。


 俺の本当の「試練」は、小笠原に勝つことではない。


 この心の中に巣食う、どうしようもない弱い「俺」自身を、完全に殺すこと。


 その、答えの出ない問いだけが、俺の心の中に重くのしかかっていた。

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