逃亡者
新しい一日が、始まってしまった。
この地獄の、続きが。
そのあまりにも無慈悲な光の中で、俺はただ固く目を閉じることしかできなかった。
あの日から、一週間が過ぎた。
その一週間、俺は学校を休んだ。
何もする気力が起きなかった。
ただ、自室のベッドの中で天井を見つめ、そしてあの日の光景を、何度も何度も頭の中で再生し続けるだけ。
鏡を見るのが怖かった。
そこに、血に濡れた手が映っているような気がして。
しかし、俺は分かっていた。
いつまでもこうしてはいられない、ということを。
俺は、まだこの卓球部の「部長」なのだから。
俺は重い体を引きずり、そして一週間ぶりに部活へと向かった。
体育館の扉を開けた瞬間。
俺は、息をのんだ。
そこに広がっていたのは、活気が完全に消え失せた、灰色の世界だった。
ボールを打つ音は聞こえる。
しかし、その音には何の熱もこもっていない。
部員たちの顔には、笑顔も闘志もない。
ただ、虚ろな表情で義務のようにラケットを振っているだけ。
以前、しおりを煙たがっていた連中でさえ、その顔にはどこか居心地の悪そうな色が浮かんでいる。
そうだ。誰もが感じているのだ。
この場所にいたはずの、あまりにも巨大な光が失われてしまったという、どうしようもない喪失感を。
その光景を見た瞬間。
俺の心臓を、罪悪感が鷲掴みにした。
俺のせいだ。
俺が守れなかったから。
俺が弱かったから、この場所は壊れてしまった。
息が苦しい。
壁が迫ってくるようだ。
俺は踵を返し、そして逃げるように体育館を飛び出した。
どこへ行くあてもない。
ただ、この場所から逃げたかった。
この、罪悪感から逃げたかった。
走りながら、俺は決めた。
もう、無理だ。
俺には、この場所を立て直す資格も力もない。
逃げよう。
誰も俺を知らない世界へ。
誰も、風花のことも、しおりのことも知らない、遠い場所へ。
そうだ。
俺にはまだ、道が残っていた。
東京の、あの五月雨高校からの、スポーツ推薦の話。
その日の夜。
俺は両親に話した。
「東京の高校に行く」と。
親父もお袋も、何も聞かなかった。
ただ、俺のその死んだような目を見て、全てを察してくれたのだろう。
親父は一言だけ「そうか」と呟き、そしてすぐに東京での住まいを手配してくれた。
そこからの日々の記憶は曖昧だ。
卒業までの数ヶ月間。
俺はただ抜け殻のように、学校と家を往復し続けた。
罪悪感に心を蝕まれ、時間がどう過ぎていったのかも覚えていない。
そして、気がつけばもう春だった。
東京行きの新幹線のホームに、俺は立っていた。
見送りに来てくれた両親に背を向け、俺は一人、車両に乗り込む。
これで、逃げられる。
そう、思った。
しかし、動き出した電車の窓に映る自分の顔を見て、俺は気づいてしまった。
俺は何も変わっていない。
あの日の罪悪感を、ただこの東京という新しい場所に運んできただけなのだ、と。
俺の新しい地獄は、ここから始まるのかもしれない。
その、どうしようもない予感だけが、俺の心を支配していた。




