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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 二回戦

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57/694

勝利という結果

 第三ゲーム開始。


 後がない鈴木選手は、明らかに戦術を変えてきた。


 これまでの粘り強いカットに加え、私がアンチラバーで返球した回転のないボールや、少しでも甘くなったボールに対して、積極的にフォアハンドで攻撃を仕掛けてくるようになった。


 それは、守備で粘り勝つのではなく、自らポイントを取りにいくという、強い意志の表れだった。


 彼女の瞳は、冷静さが見えていたものに、闘志が強く混じり始めている。


 …相手の戦術変更、攻撃頻度の増加。


 リスクを負ってでも、流れを変えようという意図。守備一辺倒ではない、これが彼女の本来の姿か。


 それとも吹っ切った付け焼き刃か。


 序盤、鈴木選手のその積極的な攻撃が功を奏し、私は数ポイントリードを許す展開となった。


 静寂 2 - 4 鈴木


 彼女のフォアハンドドライブは、コースが厳しく、回転も鋭い。私のアンチでのブロックも、彼女は予測して連続攻撃を仕掛けてくる。


「しおり、相手攻めてきてるぞ!でも、焦んなよ!お前のペースでいけ!」


 部長の声が飛ぶ。あかねさんも、固唾をのんで私を見つめている。


 …焦りはない。データは収集済み。


 彼女の攻撃パターン、打球コースの癖、そして何よりも、私の「異端」な変化に対する反応の限界点は既に見えている。


 私は鈴木選手の攻撃に対し、無理に打ち合おうとはしない。


 アンチラバーで徹底的にコースを変え、時にはネット際に短く、時にはサイドを切るように長く、彼女を前後左右に揺さぶる。


 そして、彼女の体勢がわずかにでも崩れた瞬間、あるいは、私の変化球に彼女の意識が集中しきった瞬間を、私は見逃さない。


 鈴木選手が、私のアンチからのナックルボールを、フォアハンドで強引に攻めてきた。


 ボールはネットを越えたが、回転がないため威力は半減し、やや山なりになる。


 来た…!


 私はそのボールに対し、バックハンドで、ラケットを鋭く横に振り抜いた。


 裏ソフトの面で、ボールの側面を強烈に擦り上げる。


 放たれたのはトップスピンではなく、強烈なサイドスピンをかけた、大きく横にカーブしながら相手コートのフォアサイドぎりぎりに落ちるドライブだった。


 私の共通に見えるドライブモーションから、カーブドライブを放つ、新たな試みのひとつ


「なっ…!?」


 鈴木選手の体が、完全に逆を突かれた。


 彼女が予測していたのは、ストレートへのカウンターか、あるいは再びのアンチでの変化。


 まさか、ここから横に大きく曲がるドライブが来るとは、全く予測できなかったのだろう。彼女のラケットは、虚しく空を切る。


 静寂 3 - 4 鈴木


 …成功。


 既存の攻撃パターンに、新たな変数を追加。相手の予測モデルをさらに複雑化し飽和させる。


 この一点が、再び試合の流れを私の方へと引き寄せた。


 鈴木選手は私の予測不能な攻撃に、次第に対応が追いつかなくなってくる。


 カットで粘ろうにも、私のアンチラバーが生み出す変化は彼女のラケットの角度を微妙に狂わせる。


 攻撃を仕掛けようにも、私の変化と時折見せる強打、そして今のような予測外のカーブドライブが、彼女の踏み込みを躊躇させる。


 私の「異端」は、まるで生き物のように、鈴木選手の思考と技術を、少しずつ、しかし確実に蝕んでいった。


 ポイントは静かに、しかし着実に私の側へと積み重なっていく。


 8-5、9-6、そして…10-6。マッチポイント。


 最後のポイント。


 鈴木選手は、最後まで諦めずにカットで粘り、私の強打を何度も拾い上げた。


 しかし、ラリーが続けば続くほど、私の変化の多様さが彼女を追い詰めていく。最後は、私のアンチラバーでの短いナックルプッシュに対し、彼女が懸命に拾おうとしたボールが、無情にもネットにかかった。


 静寂 11 - 6 鈴木


 私の勝利。


 私は、ラケットを握りしめたまま、深く息を吐き出す。


 鈴木選手は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてネットに近づき、私に手を差し出してきた。


 その表情には、悔しさと、そして私の卓球に対する、理解を超えたものへの、ある種の敬意のようなものが浮かんでいた。


「ありがとうございました」


 彼女の声は小さく、しかしはっきりとしていた。


「…ありがとうございました。」


 私もまた静かに応え、その手を握り返した。


 控え場所に戻ると、部長が腕を組み、満足そうに、しかしどこか面白そうに私を見ていた。


「しおり、お前、また新しい『変態的』な球、隠し持ってたな?あの横に曲がるドライブ、なんだありゃ。練習でも見たことねえぞ」


「…対カットマン用の、試作段階の戦術の一つです。データの収集と、実戦での有効性の検証が目的でした」


 私は、淡々と答える。


「試作段階であれかよ…末恐ろしいな、お前は」


 部長は、呆れたように、しかしその声には確かな称賛が込められていた。


「まあ、見事だったぜ。これでベスト8か?次も、お前のその『異端』で、相手を困惑させてやれ」


 あかねさんも「しおりさん、すごかった!あのカーブドライブ、本当にびっくりしました!どうやって打ったの!?」と、興奮気味にノートを見返しながら詰め寄ってくる。


 私は、彼らの言葉を受けながら、静かに次の戦いへと意識を切り替えていた。


 私の「異端の白球」の探求は、まだ終わらない。勝利という結果だけが、その進化を証明するのだから。

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