表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

569/694

対話

「…悪かったな、しおり」


「もう一本、付き合え。今度は、俺のサーブだ」


 その、私がずっと見たかった、熱い笑顔。


 私は、消耗しきった体に鞭を打ち、車椅子から彼を見上げた。


 そして、ほんの少しだけ意地悪く笑ってみせる。


「…汚名返上、してください。部長」


 私はそう言って、すっと手を差し出した。


 無言で飲み物を求める、その仕草。


 彼は一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図を察し、苦笑いを浮かべた。


「…へいへい」


 彼は、車椅子の後ろにかけてあった私の水筒を取り、その蓋を開けて私に渡してくれる。


 喉を潤すその数秒間が、嵐の前の静けさのようだった。


 私は彼に、コートに立つように目線で促す。


 そして、再び卓球台を支えに、ゆっくりと立ち上がった。


 その姿に、彼はもう驚かない。ただ、真剣な眼差しで私を見つめている。


「…打って」


 その一言を合図に、彼が動いた。


 放たれたのは、彼の全ての力が乗せられた渾身のトップスピンのかかったパワーサーブ。唸りを上げて、私のコートへと突き刺さってくる。


 私は、それをアンチラバーで受ける。


 回転を殺し、短く、彼のフォアサイドへと返す。


 そこから始まったのは、壮絶な攻防だった。


 彼は泥臭くボールに食らいついてくる。一球でも甘いボールが来れば、それを粉砕せんと全身全霊のドライブを叩き込んでくる。


 私はその猛攻を、優雅に、そして冷徹にいなし続ける。ラケットの角度と手首の柔らかさで彼の力を受け流し、時に鋭いストップでその巨体を前後に揺さぶる。


 ラリーが、10本、15本、そして20本を超えた、その時だった。


 私の体に、限界が訪れた。


 足が震え、視界がかすかに霞む。


(…まずい…倒れる…!)


 彼が放った最後の一球が、私のバックサイド深くに突き刺さる。


 もう、体は動かない。


 私は横に倒れ込みながら、それでも諦めなかった。


 その、倒れ込む体の勢い、その全てを利用して、ラケットをしならせるように、ボールの下を薄く、そして鋭く切り裂いた。


 放たれたツッツキは、か細い軌道を描き、彼のコートのネット際にぽとりと落ちる。


 そして。


 ボールは彼のコートで一度高くバウンドし、そして、まるで生きているかのように逆回転しながら、再びネットを越え、私のコートへと戻ってきたのだ。


 彼が呆然と、その「魔球」の軌道を見送った、その時。


 私は、すでに床に倒れ込んでいた。


「――しおりっ!!」


 彼が慌ててネットを回り込み、私の元へと駆け寄る。


 そして、その大きな腕で私の体を優しく抱き起し、車椅子へと座らせてくれた。


 私は、息を弾ませ、汗だくのまま彼を見上げた。


 そして、悪戯っぽく笑った。


「…ふふっ…。私の勝ち、ですね」


 その言葉に、彼は一瞬呆気に取られたが、やがて天を仰ぎ、そして心底楽しそうに笑った。


「…はははっ!ああそうだ!敵わねえよ、お前には…!」


 その笑い声は、もう罪悪感に濡れてはいなかった。


 それは一人の好敵手ライバルに完敗した、清々しい笑い声だった。


 私は、彼のその変わり果てた、いや、元に戻ったその姿に満足し、そして静かに告げた。


「…部長。病室へ、戻ります。押してください」


「…おう」


 彼は何も言わずに、私の車椅子の後ろに立った。


 私たちの、長くて不器用なリハビリは、今、確かに終わった。


 夕暮れの病院の廊下に、二つの影がゆっくりと伸びていく。


 それはもう、孤独な影ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ