異端の咆哮
大晦日の前日。
病室の窓の外は、年の瀬の慌ただしい空気が流れていた。
私は車椅子に座り、その瞬間を静かに待っていた。
直感という非合理なものが告げている、今日、彼が来るはずだ。
コンコン、と控えめなノックの音。
「…どうぞ」
私がそう答えると、ドアがゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、少し着慣れない高校の制服に身を包んだ、部長だった。
「…よお、しおり。体は、もういいのか」
彼の声はどこかぎこちなく、その瞳は罪悪感で揺れていた。
私は、静かに笑みを浮かべた。その笑みは穏やかで、しかし彼の心の奥まで見透かすような鋭い光を帯びていた。
「ええ。起きた後すぐに消えた部長のおかげで。……部長こそ、ずいぶんと痩せましたね。東京での練習は、そんなに厳しいのですか?」
私のその皮肉に、彼は少しだけたじろいだ。
そして、私のその、事故前よりも明らかに細くなった手足と青白い顔を見て、痛ましそうに表情を歪める。
「…しおり。悪かった。俺が、あの時…」
「昔の話は、もういいです」
私は、彼の謝罪を遮った。
「それより部長。少し、付き合ってもらえませんか」
私は足元に置いてあったラケットケースを手に取った。
「リハビリ室へ。あなたに車椅子を押してほしいのです」
彼は何も言えずに、ただ頷いた。
静かな廊下を、二人で進む。
リハビリ室に着くと、私は彼に言った。
「そこに、立ってください」
卓球台の向こう側で戸惑う彼に向かって、私はラケットケースから一本のラケットを取り出し、そして投げ渡した。
それは、彼自身のラケットだった。凛月さんが事前に私に預けてくれていたのだ。
「…!おい、しおり、お前、まさか…」
彼の驚きを無視し、私は車椅子のアームレストを強く握り、そして、ゆっくりと立ち上がった。
震える足。
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
しかし、私は倒れない。
その気迫に、彼は息をのんだ。
「…部長。あなたがこの一年、何をしてきたのか。私に見せてください」
彼はしばらく呆然としていたが、やがて、やれやれといった表情でラケットを構えた。
そして、放たれたのは、全く気の抜けた山なりのサーブだった。
私を気遣う、優しい嘘。
私の心の奥底で、何かが弾けた。
私は、その緩いボールに向かって一歩踏み込んだ。
そして、ありったけの感情を乗せて、ラケットを振り抜いた!
パァァァンッ!!
轟音と共に放たれたボールは、閃光となって彼のコートに突き刺さり、高くバウンドして、唖然とする彼の額を直撃した。
静寂。
彼は、何が起きたのか分からないという顔で、立ち尽くしている。
私は、震える声で叫んだ。
それは、私の魂の叫びだった。
「…馬鹿にするな…ッ!」
「私の本気に、付き合えないのか!?」
「一年前のあなたなら!全国の頂点で私と笑い合ったあなたなら、こんなボール、打たなかった…!」
「この一年で、腑抜けたのかッ!部長ッ!!」
その、あまりの気迫に、彼の体は硬直する。
そうだ。
私が欲しかったのは、同情でも優しさでもない。
ただ一人の、対等な選手として向き合ってくれる、あなたの本気だけだったのだから。
私の瞳から、涙が溢れ出す。
その涙を前に、彼はただ立ち尽くすことしかできなかった。




