引き継がれた異端
私が最後の一年生との一球勝負を終えた後。
体育館は、水を打ったように静まり返っていた。
私は車椅子の背もたれに深く体を預け、荒くなった息を整える。
全身から汗が吹き出し、腕は鉛のように重い。
たった少しボールを打っただけ。なのに、この消耗。
それが、今の私の現実だった。
その静寂を最初に破ったのは、一年生たちのひそやかな、しかし熱に満ちた声だった。
「…おい、見たかよ、今の一球…」
「…うん。ていうか、全部だ。俺たち、誰一人として先輩のストップを返せなかったぞ…」
「先輩、ほとんど一歩も動いてなかったよな…。なのに、俺たちの強打は全部、完璧に止められてた…」
「…あれがきっと、予測不能の魔女の本質なんだ…。俺たちがどう動くか、全て分かっていた…、そんな動きだった。」
彼らの、その瞳。
そこにはもう、私への同情や侮りの色はどこにもなかった。
ただ、人知を超えた何かを目撃してしまったという、純粋な「畏怖」と、そして焼けつくような「憧れ」だけが宿っていた。
その熱は、二年生たちにも伝播していた。
これまで部の隅で、死んだような目をしてラリーを続けていた彼ら。
その一人が、ぽつりと呟いた。
「…なんだよ、あれ…」
「…あんなボロボロの体で、俺たちよりもずっと強いじゃねえか…」
「…俺たち、一体この数ヶ月、何をやってたんだ…?」
彼の、その後悔に満ちた言葉。
そうだ。彼らは思い出したのだ。
この卓球部が、かつてどんな場所であったかを。
そして、自分たちが何をを目指していたのかを。
コートの反対側では、未来さんと凛月さんが静かに言葉を交わしていた。
「…信じられないわね」と、凛月さんが言った。
「彼女、肉体ではプレーしていない。完全に『頭脳』だけで戦っている。相手の思考を読み、確率を計算し、そして最小限の動きで最適解を実行する。…恐ろしい。去年の全国大会、よくあれから点がとれたものだな……」
「はい」と、未来さんは静かに頷いた。
「あれが、彼女がたどり着いた、今の『解』です」
その時、体育館の入り口に立っていたあかねさんが、タオルとドリンクを持って私の元へと駆け寄ってきた。
彼女の瞳は涙で潤んでいた。しかし、その顔には満面の笑顔が浮かんでいる。
「しおりちゃん…!おかえり…!」
その一言。
その、太陽のような笑顔。
私の胸の奥が、温かくなる。
そうだ。
私は、帰ってきたんだ。
この、どうしようもなく不完全な体で。
でも、一人ではない。
私の周りには、こんなにもたくさんの仲間たちがいる。
私を信じてくれる、後輩たち。
私を叱咤激励してくれる、同級生たち。
私を理解してくれる、好敵手。
そして、私の全てを受け入れてくれる、親友たち。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、体育館にいる全員に聞こえるように言った。
その声はまだ少し掠れていたが、しかし、確かな力が込められていた。
「…さあ、休憩は終わりです。練習を再開しましょう」
それは、第五中学卓球部の「第二期」が、本当の意味で産声を上げた瞬間だった。
私の、新しくて本当の「戦い」が、今、この場所から確かに始まったのだ。




