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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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引き継がれる異端 (2)

 あれから、数ヶ月。


 私のリハビリは、驚異的な速度で進んでいた。


 自力で歩けるようになり、そして軽いラリーならこなせるまでに回復した、ある冬の日。


 クリスマスが間近に迫った、その日。


 私の病室に、意外な見舞い客が現れた。


「…久しぶりね、静寂さん」


 そこに立っていたのは、あの五月雨学園の、小笠原凛月さんだった。


 彼女の突然の訪問に私は少しだけ驚いたが、静かに頷きを返す。


 隣では、お見舞いに来てくれていた一年生たちが固唾をのんで、そのただならぬ空気を見守っていた。


「あなたの噂は聞いているわ。…大変だったそうね」


「…ええ。まあ、色々と」


 彼女は、私のその痩せた体と、まだどこかぎこちない動きを値踏みするように見つめている。


 そして、彼女は言った。その声には、確かな闘志が宿っていた。


「…単刀直入に聞くわ。今のあなたと戦ったら、どちらが勝つかな?」


 その、あまりにもまっすぐな問い。


 私は、ふっと笑みを漏らした。


 それは、私の新しい心と、古い心が混じり合った、不思議な笑みだった。


「…試してみる?今、ここで」


 私のその挑戦的な答えに、凛月さんの瞳がキラリと輝く。


 私たちはお見舞いに来てくれていた一年生たちを引き連れ、病院の中にあるリハビリ用の卓球台へと向かった。


 ネットを挟んで向き合う、私と凛月さん。


 あの全国大会の準決勝以来の光景。


 私と、凛月さんの間に、緊張が走る。


 ラリーが、始まる。


 私の体は、まだ完全ではない。


 しかし、私の「頭脳」は「分析眼」は、かつてよりもさらに冴え渡っている。


 彼女の、台上での揺さぶり。


 ロングボールへの素早い切り替え。


 その全ての思考を、私は完璧に読み切る。


 そして、予測した場所にただラケットを置き、ストップを放ち続ける、そのストップは、面白いように、相手を揺さぶっていく。


(…ああ、楽しい)


 心の底から、そう思える。


 この天才と交わす、卓球という「対話」が、どうしようもなく楽しい。


 ラリーが10本を超えた、その時だった。


 私の分析眼が、彼女のほんの一瞬の隙を見抜いた。


 甘く返ってきたボール。チャンスボールだ。


 私は渾身の力を込めて、強打を叩き込もうとした。


 だが。


 その瞬間。


 私の足から、ふっと力が抜けた。


 まだ回復しきっていない肉体が、私の思考についてこられなかったのだ。


 私はバランスを崩し、その場に崩れ落ちるように倒れてしまった。


 すぐに一年生たちが駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか、しおり先輩!」


「…っ!!。…少し疲れただけかな……。ごめんなさい凛月さん。もう続けられそうに、ない」


 私がそう言って謝ると、彼女は何も言わなかった。


 ただ、静かに私を見下ろしている。


 そして、ラケットを置き、私の車椅子を持ってきて、そして言った。


「…立てる?」


「ええ…」


 彼女は私の体を支え、そしてゆっくりと車椅子に座らせてくれた。


 その彼女の横顔は、穏やかだった。


 そして、私は彼女に頼んだ。


 ずっと心にあった、もう一つの願いを。


「…凛月さん。もしよかったら、この子たち一年生の練習を、少しだけ見てあげてはもらえませんか」


「彼らは才能はある。でも、まだ道に迷っている。あなたのような、『異端』と対峙した、本物の『王道』を知る人間が、彼らには必要なんです」


 私のその、あまりにも意外な頼み。


 凛月さんは少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにふっと不敵に笑った。


 そして、一年生たちの方へと向き直る。


「…静寂さんの頼みなら、断れないわね」


「いいでしょう。五月雨学園のエースが、直々に稽古をつけてあげる。感謝なさい」


 その高飛車な言葉に、一年生たちの顔がぱあっと明るく輝いた。


 凛月さんは私の車椅子を押しながら、病室へ移動する。


 そして、彼女は私の耳元でそっと囁いた。


 その声はライバルのものではなく、どこか親友の響きを持っていた。


「…早く治しなさいよ、しおり」


「あなたが本当の体調を取り戻したその時が、私たちの本当の『再戦』の時なのだから」


 その言葉に、私は静かに頷いた。


 そうだ。


 私の戦いは、まだ終わらない。


 そして、私の新しい物語には、もう、こんなにも強く、そして優しい「好敵手とも」がいるのだから。

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