発展途上
…第一ゲーム、データ収集及び戦術有効性の検証は完了。
相手の精神的動揺は限定的だが、私の変化に対する対応の遅れは顕著。
第二ゲームも、この流れを維持しつつ、さらに予測不能なパターンを組み込むことで、相手の思考を完全に支配する。
短いインターバルを終え、コートチェンジ。第二ゲームが始まった。
サーブは鈴木選手から。彼女は、第一ゲームの反省からか、より慎重に、そして回転とコースに変化をつけたサーブを多用してきた。
特に、私のアンチラバーでのレシーブを意識し、ナックル性の短いサーブや、横回転を強くかけたサーブで、私が安易に変化をつけられないように工夫してくる。
…相手のサーブ、戦術変更がある。私のアンチからの返球の質を低下させ、ラリーの主導権を握ろうという意図、合理的だ。
しかし、私の「異端」は、レシーブだけではない。
鈴木選手のバック側への、回転の読みにくいショートサーブ。
私は、それをアンチラバーで、あえて少し浮かせるように、しかし強いナックルで返球した。
鈴木選手は、それを予測通り、フォアハンドでループドライブ気味に持ち上げてくる。
攻撃というよりは、安全に繋ぎ、次の私の変化球に備えようという意図が見える。
その、やや山なりになったループドライブに対し、私は、ラケットを持ち替える素振りも見せず、アンチラバーの面をほんのわずかに被せるようにして、ボールの勢いを完全に殺す。
鈴木選手のフォア前、ネットすれすれに「第二のデッドストップ」とも言えるような、予測不能な短い返球を落とした。
一度アンチで返球したボールに対し、相手が攻撃してきたボールを、再びアンチで、しかも全く異なる球質で殺す。
これは、通常のカットマン対策のセオリーからは外れた、意表を突く選択だ。
「えっ…!?」
鈴木選手の体が、完全に固まった。一度アンチで返されたボールが、まさか再び、しかもこれほどまでに「死んだ」ボールで返ってくるとは、彼女の予測の中にはなかったのだろう。
彼女の足は、一歩も動けない。
静寂 1 - 0 鈴木
…成功。アンチラバーでの連続使用による球質の変化。相手の思考の前提を破れる。
このポイントは、第二ゲームの流れを象徴していた。
私は、第一ゲームで見せた「アンチからの変化」と「裏ソフトでの強打」という二つの大きな柱に加え、さらに細かい変化を織り交ぜ始めた。
アンチラバーでのブロック一つをとっても、回転を完全に殺したナックル、僅かに横回転を加えた揺さぶり、相手の回転を利用してそこまま回転を返すプッシュ。
それらを、ほぼ同じモーションから、あるいは相手の予測を裏切るタイミングで繰り出す。
鈴木選手は、そのあまりにも多様な変化に対し、次第に対応が遅れ始める。
彼女のカットは依然として正確だが、私の変化球が彼女の判断を僅かに狂わせ、ほんの少しだけ甘いボールが返ってくる頻度が増えてきた。
そして、その僅かな甘さを見逃すほど、私は甘くない。
甘いカットが私のフォアに来れば、裏ソフトでの強烈なドライブ。
バックに来れば、角度をつけた鋭いカウンター。ネット際に落とされれば、アンチでさらにいやらしいコースへ、あるいは裏ソフトでチキータ気味に攻撃する。
「しおりの奴、完全にゾーンに入ってやがるな…あの鈴木って三年生、相当な実力者のはずなのに、手も足も出てねえぞ…」
部長の声が、感嘆と、どこか信じられないといった響きを帯びて控え場所から聞こえてくる。
第二ゲームは、私の「異端」な戦術が完全に鈴木選手を支配した。
彼女は、最後まで諦めずにボールに食らいついてきたが、私の繰り出す予測不能な変化の波状攻撃の前に、なすすべなくポイントを重ねられていく。
彼女の纏う冷静な青色の靄は、困惑の黄色と、疲労の灰色、そしてほんのわずかな絶望の黒が混じり合い、揺らめき続けていた。
静寂 11 - 4 鈴木
第二ゲームも私が連取した。コートチェンジの際、すれ違う鈴木選手の顔には、初めて明確な焦りと、そして私の卓球に対する、理解を超えたものを見るような、畏怖に近い表情が浮かんでいた。
…第二ゲーム、戦術目標達成。相手の思考への介入、成功。
ただし、相手の精神的強度は依然として高い。第三ゲームで油断すれば、流れが変わる可能性もある。
私は、勝利に近づいていることを自覚しつつも、一切の油断なく、次のゲームへと意識を集中させた。私の「異端の白球」は、まだ進化の途上にあるのだから。




