再開(2)
…ただいま、みんな。
その、声にならない言葉と共に。
私の意識は、再び穏やかな微睡みの中へと沈んでいった。
仲間たちの温かい気配に包まれながら。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
再び私が意識を浮上させた時、部屋の中にはもう葵たちの姿はなかった。
代わりに、私のベッドの傍らには二人の白衣の人物が立っていた。
一人は見覚えがある。
私の心の氷を溶かすきっかけをくれた、富永先生だ。
そして、もう一人はキリっとした表情の、知的な女性だった。
「…目が覚めたようだね、しおりさん、よかった」
富永先生が、優しい笑顔で私に語りかける。
「気分はどうかな?もし僕の言っていることが分かるなら、二回だけ瞬きをしてみてくれるかい?」
私は彼の言葉に従い、ゆっくりと二度瞬きをした。
鉛のように重い瞼だった。
「素晴らしい。意識ははっきりしているようだね」
富永先生の隣に立つ女性が、今度は私に話しかけてきた。その声は穏やかだが、どこまでもプロフェッショナルな響きを持っていた。
「静寂さん、はじめまして。私は、あなたのこれからのリハビリテーションを担当する、理学療法士の斉藤です」
リハビリテーション。
その言葉の意味を、私の思考が分析する。
ああ、そうか。
私は、分かっていた。
この体が、もう以前のものではないということを。
斉藤先生は、私のそんな思考を見透かしたかのように、静かに、そしてはっきりと告げた。
それは、一切の感傷を排した、客観的な事実の報告だった。
「あなたは半年間、ベッドの上で過ごしてきました。そのため今、あなたの全身の筋肉は極度に衰え、関節も固まっています。これを『廃用症候群』と言います」
「ですから、今のあなたが自力で起き上がったり、手足を自由に動かしたりすることはできません。言葉を発するための喉や舌の筋肉も同じです」
その、淡々とした宣告。
それは、私の最後の希望を打ち砕くには十分すぎた。
…私の肉体は、もはや私のものではない。
…この思考だけが、かつての私。しかし、その思考を外の世界に伝える術は、もう失われた…。
絶望が再び私の心を黒く塗りつぶそうとした、その時。
富永先生が、私の手をそっと握った。
「…辛いだろう、怖いだろう。しおりさん」
「君のその、誰よりも明晰な頭脳と、不自由な肉体。その二つの繋がりが、今は断絶してしまっている。君はまるで、自分自身の体の中に閉じ込められたような感覚かもしれないね」
その、あまりにも正確な私の心情の言語化。
私の瞳が、驚きに揺れる。
「でもね、しおりさん」と、富永先生は続けた。その声は、どこまでも温かかった。
「その断ち切られた繋がりを、もう一度結び直すための戦いが、これから始まるんだ。僕と、斉藤先生、そして君の仲間たちと、一緒にね」
斉藤先生もまた、力強く頷いた。
「あなたのリハビリは、過酷なものになるでしょう。最初は指を一本動かすことから。そして、首の角度を変えることから。その地道な一歩の積み重ねです。でも、あなたのその強い意志があれば、必ずまた歩けるようになる。私はそう信じています」
新しい、戦い。
そうだ。
私は、夢の中で決意したではないか。
光も闇も、全てを背負って歩くと。
私の新しい戦場は、もはや緑の卓球台の上ではない。
この、白いベッドの上だ。
そして敵は、目の前の相手ではない。
この言うことを聞かない、私自身の「肉体」
それこそが、私の新しい好敵手。
私の瞳に、再び光が宿る。
それは、夢の中で影と対峙した時と同じ、静かで、しかしどこまでも燃えるような闘志の光だった。
私は、声の出ない喉で、しかし確かに、心の中で答えた。
…望むところです、と。




