再開
…宇宙を彷徨っていた、私の意識は、ふっと、途絶えた。
無。
完全な、ゼロ。
どれくらいの時間が、経ったのだろうか。
私の意識の地平線に、一つの音が、響き始めた。
ピッ…ピッ…ピッ…
規則正しい、電子音。
それは、私がずっと、一人で生きてきたあの静寂な世界には、存在しなかった音だ。
次に感じたのは、感覚だった。
私の右手を優しく、そして力強く包み込む、確かな温もり。
肌に触れる、少しごわごわとしたシーツの、感触。
そして、鼻腔をかすめる、消毒液の、ツンとした匂い。
最後にやってきたのは、声だった。
「……しおり……聞こえる…?しおり…」
か細く、そして泣き濡れたような、声。
でも、その響きを、私は知っている。
私の魂が、決して忘れることのない、たった一つの、声。
(…あお…?)
私は、その声の主を確かめたくて、必死に瞼を、こじ開けようとした。
鉛のように、重い。
全身の、ありったけの力を、その一点に、集中させる。
ほんのわずかに開いた、瞼の隙間から、ぼやけた光が、差し込んでくる。
白い、光。
天井だ。
私は、ゆっくりと、その光景に、ピントを合わせていく。
そして、私は見た。
私の手を、両手で握りしめ、その顔を、涙でぐしゃぐしゃにしながら、私を、覗き込んでいる、あおの姿を。
その隣には、息をのんで、私を見つめる、未来さんと、あかねさんの顔もある。
少し後ろには、高校の制服を着た、部長の姿も。
(…みんな…いる…)
夢じゃ、ない。
これは、現実だ。
私の、統合された思考が、瞬時に全てを理解する。
私は、目覚めたのだ。
よかった。
また、会えた。
その安堵と喜びが、私の胸に、溢れ出す。
私は、彼女たちに、伝えなければならない。
「心配をかけて、ごめんなさい」と。
「そして、ありがとう」と。
私は口を開き、そして、声を出そうとした。
しかし。
私の喉から漏れ出たのは、言葉の形をなさない、かすれた空気の音だけだった。
「…ぁ…ぅ……」
おかしい。
声が、出ない。
体が、動かない。
指一本、持ち上がらない。
私の完璧なはずだった思考と、私の肉体が、全く繋がっていない。
私は、この動かない体という、牢獄に閉じ込められている。
その、恐ろしい事実に、私の心は、絶望に染まりかける。
あおが、私の手を、さらに強く、握りしめた。
そして、彼女は、涙で濡れた顔で、それでも、世界で一番美しい笑顔を、浮かべて言ったのだ。
「…うん。わかってるよ、しおり」
「大丈夫。伝わってる。私たちは、ずっとここに、いるから」
その、言葉。
その、温もり。
私の瞳から、一筋、熱い何かが零れ落ちた。
それは、絶望の涙では、なかった。
私の、新しい戦いが、始まる。
この、動かない体と、失われた言葉を取り戻すための、長く、そして、過酷な戦いが。
しかし、もう私は、一人ではない。
(…ただいま、みんな)
その、声にならない言葉と、共に。
仲間たちの、温かい気配に、包まれながら。




