皮肉
季節は巡り、気がつけば、もう夏休み前。
じりじりと照りつける太陽が、新しい季節の到来を、告げている。
そしてそれは、卓球選手にとって、最も熱い季節の、始まりでもあった。
全国大会が、始まる季節だ。
第五中学卓球部の、体育館。
そこには、数ヶ月前の、あの澱んだ空気は、もうない。
一年生たちの、活気のある声。
二年生たちの、真剣な眼差し。
そして、その中心に立ち、的確な指示を飛ばしている、一人のコーチ。
青木桜さん。
彼女という助っ人のコーチに助けられながら、卓球部は、確かに活気を取り戻していた。
その光景を、私は、部長として、どこか誇らしく、そしてそれ以上に苦虫を噛み潰すような思いで眺めていた。
(…皮肉な、ものですね)
この卓球部を、しおりさんを壊した張本人である、青木れいかの姉に、救われるとは。
彼女に手伝って貰わなければ、この卓球部は、助からなかった。
その、事実は、分かっている。
桜さんの、その指導者としての能力と、そして人間性は、素晴らしいものだ。
彼女自身は、何も悪くない。
分かっている。
分かっては、いるけれど。
それでも、私の心の奥底には、黒い澱のような感情が、渦巻いていた。
しおりさんが、もしここにいたなら。
彼女は、この光景を見て、何と言うだろうか。
彼女は、笑ってくれるだろうか。
それとも、悲しむだろうか。
その答えは、誰にも分からない。
部活が終わり、私の足はしおりさんの眠る、病院へと、足が向かう。
夕暮れの、道。
私の背中に落ちる影は、どこまでも長く、そして濃い。
しおりさんが、いなくなってから、もう、半年以上が、過ぎた。
それでも、私の戦いは、まだ終わらない。
この部を守り抜く、という戦い。
そして、いつか帰ってくる彼女に、胸を張れる、自分でいるための戦い。
私は、空を見上げた。
一番星が、一つ、キラリと、輝いている。
(…見ていてください、しおりさん)
私は、心の中でそう呟いた。
あなたのいない、この世界で、私はまだ、戦い続けていますよ、と。
その声が、眠り続ける、彼女に届くことを、祈りながら。
私は、ただ、前を、向いて、歩き続けるのだった。




