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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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氷の少女の肖像

 先生は、誰もいない放課後の職員室へと私を通してくれた。


 麦茶を一杯淹れてくれると、私の向かいの椅子に腰を下ろす。


 その優しい眼差しは、私がこれから話すであろう全ての言葉を、受け止めようとしてくれていた。


「それで、しおりちゃんの小学生の時のことだったね」


「はい!」と、私は元気よく頷いた。「どんな生徒だったのかなーって思って!私たち、中学からなので、昔のしおりちゃんのこと、全然知らなくて」


 私のその無邪気な問いに、先生は少しだけ遠い目をした。


 そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと語り始める。


「…そうだな。一言で言うなら、『氷のお人形さん』という感じだったかな」


「氷…ですか?」


「ああ。あの子は、いつも一人だった。誰とも話さず、誰とも目を合わさない。休み時間も、教室の隅でただ静かに本を読んでいるだけ。…でも、不思議な子でね。勉強も運動も、ずば抜けてできたんだ」


 先生のその言葉。それは、私の知らないような、知ってるような、しおりちゃんの姿だった。


 私は、ここで核心に触れる。その声のトーンは、心配する友達のそれを完璧に演じていた。


「…先生。実は最近、部で変な噂を聞いたんです」


「噂?」


「はい…。しおりちゃんが昔、ひどいいじめに遭ってた、って…。だから心を閉ざしちゃったんだって、一年生たちが話していて…。もしそうなら、私たちに何かしてあげられることがあるんじゃないかなって、思って…」


 私のその言葉に、先生の表情が深く曇った。


 彼はしばらく黙り込んだ後、重い口を開いた。


「…その噂は、私も聞いている。おじいさん、おばあさんからも、転校してくる時にそう伺っていたからね。前の学校で、辛い思いをしたのだと」


「だが…」と、彼は続けた。その声には、長年の後悔の色が滲んでいた。


「私の見ていた限り、あの子は誰かに直接何かをされたわけではなかった。悪口を言われたり、物を隠されたり、そんな分かりやすい『いじめ』は一度もなかったんだ」


「…え?」


「あの子は、自ら壁を作っていた。誰も寄せ付けない、分厚い氷の壁をね。周りの子供たちも、どう接していいか分からず、ただ遠巻きにしているだけだった。あれは、『いじめ』というより『孤立』だったんだよ。あの子が自ら選んだ、あまりにも深い孤独。…結局、私には、その壁を壊してやることはできなかった。教師として、情けない話だがね」


 その言葉に、私の頭の中で全てのピースが組み合わさっていく。


「いじめがあった」という噂は、本当じゃない。


 本当は、もっと別の何か。


 彼女が自ら心を閉ざさなければならないほどの、もっと深く、そして暗い出来事が、きっとあったんだ。


 葵ちゃんと離れ離れになる前の、あの時期に。


 私は、先生に深く頭を下げた。


「…先生。ありがとうございました。すごく、よく分かりました」


 私の心の中には、一つの確信が生まれていた。


 この事件の本当の闇は、学校の中にはない。


 もっと、別の場所にある。


 しおりちゃんの、あの笑顔が失われた本当の理由。


 私が探すべきは、そこなのだ、と。


 私は職員室を後にした。


 私の探偵としての捜査は、今、本当のスタートラインに立ったのだ。


 夕暮れの廊下に、私の足音だけが静かに響いていた。

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