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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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選択

 その、構え。


 それは、鏡に映した、私自身の姿、そのものだった。


 (…なんだ、これは…?)


 私の思考が、今度こそ、本当の意味でフリーズする。


 模倣?いや、違う。


 あれは、ただの模倣ではない。


 ラケットを握る、指先の角度。


 僅かに体重が乗せられた、つま先の位置。


 そして何よりも、その構えから放たれる、一切の、感情を排した、冷たい圧力。


 あれは、私だ。


 私が知っている、私。


 父の暴力に耐え、母の裏切りに、心を殺し、そして、あおを突き放した、あの頃の。


「氷の壁」を、完璧に作り上げた、あの頃の私そのものだ。


 影が再び、サーブを構える。


 そのモーションは、やはり、私のそれと、寸分違わない。


 しかし、その動きを、今こうして、客観的に見て、私は、初めて気づいた。


 その、完璧なフォームの奥に隠された、あまりにも深い絶望と、そして、諦観に。


 影は、何も言わない。


 しかし、その顔の向こう側から、私に問いかけてくる声が、聞こえるようだった。


 『本当に、それでいいの?』と。


 私の脳内で、全てのピースが、繋がっていく。


 ああ、そうか。


 この、わたしの、目的。


 この、試合の、本当の意味。


 この「影」は、私を苦しめるために、過去の記憶を、見せているのではない。


 彼女は私に「選択」を、迫っているのだ。


 彼女はまず、私に、あおと出会った、あの温かい記憶を、見せた。


 それは、私が生きることで手に入れた、かけがえのない「光」の、記憶。


 次に彼女は、私に、父の暴力と、母の裏切りという、あのトラウマを見せた。


 それは、私が心を閉ざすきっかけとなった「痛み」の記憶。


 そして最後に、彼女は、私に、自ら命を絶とうとした、あの絶望を、見せた。


 それは、私が、全ての痛みから逃れるために、選び取ろうとした、「無」への渇望。


 光と闇。


 その両方を、私に見せた上で、彼女は今、私に問いかけている。


 『あなたは、全てを見て、全てを思い出した』


 『その上で、もう一度聞く。あなたが、本当に望むのは、どちら?』


 『あの温かい、しかし、痛みを伴う、光の世界か。あるいは、この、全ての苦しみから解放される、静かで安らかな、闇の、世界か』


 (わたし)が、サーブを打つ。


 そのボールは、まるで、私への、最後の問いのようだ。


 私は、ラケットを握りしめる。


 私の手は、震えていた。


 そうだ。


 あの時私は、確かに「死」を選んだ。


 それが唯一の、正しい答えだと信じて。


 では、今の私は?


 あおの温もりを、再び知ってしまった、私は?


 仲間という光に、触れてしまった、私は?


 分からない。


 分からない、分からない、分からない。


 私の思考は、答えの出ない問いの迷宮を、永遠にさまよい続ける。


 目の前では、影が静かに、私を待っている。


 私が、この試合の、そして、私の人生の、最後の一球を、どちらの世界に、打ち込むのかを。

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