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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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壊れた人形

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 病室の窓の外は、もうすっかり夜の闇に染まっている。


 私はまだ動けないまま、冷たい床の上に蹲っていた。


 何も考えられない。


 何も感じない。


 ただ、目の前のベッドの上で静かに眠り続ける、しおりのその、白い顔だけを見つめていた。


 カチャリと、静かにドアが開く音がした。


 夜勤の看護師さんが、懐中電灯を片手に見回りに来たのだろう。


 彼女は部屋の隅に蹲る私の姿に気づき、驚いたように声を上げた。


「あら……? あなた、どうしたの。面会時間はもうとっくに終わっていますよ」


 その声は、私の耳には届かない。


 看護師さんは私のそばまで歩み寄り、そして私の肩にそっと手を置いた。


「大丈夫? さあ、もう帰らないと。ご家族も心配するでしょう」


 しかし、私は何の反応も示さない。


 私のあまりに異常な様子に、看護師さんの表情が困惑から深刻な懸念へと変わっていくのが分かった。


 彼女は私の目の前にしゃがみ込み、その瞳を覗き込む。


「……もしもし? 聞こえる? あなた、お名前は?」


 返事はない。


 私の瞳は、ただ虚空を見つめているだけ。


 看護師さんは事の重大さを察したのだろう。彼女は静かに立ち上がり、そしてPHSでどこかへと連絡を取り始めた。


「……はい、夜勤の鈴木です。302号室の静寂様の病室で……。ええ、面会の方だと思うのですが、中学生くらいの女の子が床に蹲ったまま動かなくて……。呼びかけにも、まったく反応がありません。はい……はい、お願いします」


 しばらくして部屋に入ってきたのは、当直医らしき白衣の男性だった。


 彼は私の前に膝をつき、そして私の瞳にペンライトの光を当てた。


「……瞳孔の対光反射は正常。意識レベルは……失っているわけではないな。これは、おそらく極度のショック状態による解離性の昏迷こんめいだろう」


 医師が専門的な言葉を呟く。


 そして、彼は看護師に指示を出す。


「彼女の持ち物を調べて、ご家族に連絡を。状況を説明して、すぐに来ていただくように。それと、精神科の富永先生がまだいらっしゃるはずだ。至急、応援を」


 私は、されるがままだった。


 誰かに腕を引かれ、立たされる。


 足に力が入らない。


 まるで意思のない人形のように、二人の看護師に両脇を抱えられ、私は部屋の外へと連れ出されていく。


 最後に、もう一度だけしおりの顔が見えた。


 その、穏やかな寝顔。


(……ああ、そうだ。私は、あの子を守れなかったんだ)


 そのどうしようもない事実だけが、私の空っぽの頭の中に響いていた。


 病室のドアが静かに閉められる。


 ピッ、ピッ、ピッ、という無機質な電子音だけが、部屋に残された。


 しおりは、相変わらず一人だ。


 そして、私もまたこれから一人になる。


 この深い、深い絶望の闇の中で、たった一人で。


 私の世界は、今この瞬間、本当に終わってしまったのだ。


 そう確信しながら、私は光のない廊下を引きずられるように歩いていった。

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