表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

535/694

胡蝶の夢 (3)

 闇に溶けた私の前には、再びあの卓球台と、影がいた。


 そして、私の左手には、いつの間にか、ラケットが握られている。


 だがそれは、もう、あの初心者用のラケットでは、ない。


 フォア面の、赤い裏ソフト。そして、バック面の、黒いアンチラバー。


 私の、今の武器。


 影が、ロングサーブを放つ。


 私はそれを、ドライブで返す。


 壮絶な、ドライブの応酬。


 そして、ラリーの中で生まれた、僅かな隙。


 私はラケットを、ひらりと翻し、アンチラバーでナックルドライブを放つ。


 そのボールが、影のコートを打ち抜いた時、また記憶が蘇る。


 目の前の宇宙がスクリーンとなって、映し出されたのは、私が最も見たくない、しかし、目を逸らしてはいけない記憶の、断片だった。


 家に、帰れば地獄。


 学校へ行けば、あおとの楽しい時間。


 私の毎日は、その二つの世界を、行ったり来たりする、綱渡りのようなものだった。


 あの日、公民館の帰り道。


「しおり、腕、どうしたの?その傷」


 あおの、その純粋な瞳。


 私は、雑な嘘で、その場を取り繕った。


 でも、その日から彼女は、私をより注意深く、見るようになった。


 そして、運命の日。


 更衣室で、彼女は見てしまったのだ。


 私の体に刻まれた、無数の痣を。


 床に落ちる、水筒の音。


 呆然と立ち尽くす、彼女の顔。


 私たちの「聖域」が、音を立てて崩壊していく。


 そして、その夜。


 母の、冷たい声。


『もしこのことが、誰かにバレたら、葵も巻き込む』


 その言葉が、私に、残酷な決意をさせた。


 あおを、守るために。


 私は彼女に、嫌われなければならない、と。


 次の日学校で、彼女が心配そうに、私に声をかけてきた。


「しおり、昨日のこと…」


 私は、その言葉を遮った。


 そして、これまでの人生で、一度も浮かべたことのない、氷のように、冷たい仮面を被り、そして、言ったのだ。


「…あなたには、関係ない。もう私に、話しかけないで」と。


 その、光景。


 その、言葉。


 それを、今、私が見て、そして、感じる。


 ああ。


 私は、なんてひどいことを、してしまったのだろう。


 彼女のあの、傷ついた瞳。


 信じていた親友に裏切られた、あの絶望。


 その全てが、今の私には、痛いほど分かる。


 私は、彼女を守りたかった。


 でも、その方法は、あまりにも稚拙で、そして残酷すぎた。


 私は、彼女のその、優しい心を、ズタズタに引き裂いてしまったのだ。


 私が、あおという少女に与えた、傷の深さを、私は今、ようやく、本当の意味で理解した。


 私の胸が、張り裂けそうに痛む。


 ごめんね、あお。


 ごめんね。


 私の瞳から、熱い何かが、止めどなく溢れ出してくる。


 それは、私がずっと忘れていた、後悔という、名の涙だった。


 私は、その闇の中で、一人泣き続けた。


 砕け散ったラケットと、そして、砕け散った友情の、記憶の中で。


 どこまでも、どこまでも、深く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ