茜色に燃える空 (3)
ある日の、部活の休憩時間。
体育館の隅では、新しく入部してきた一年生たちが、数人集まって、水筒を片手に、談笑していた。
その輪の中に、私は、いつもの、人懐っこい笑顔を浮かべて入っていく。
「やっほー、一年生!練習お疲れ様!ちゃんと水分とってる?」
私のその、明るい声に、彼らは少しだけ、驚いたように、こちらを見た。
最近の私が、ずっと元気がなかったのを、彼らも知っているのだろう。
「あ、あかね先輩!お疲れ様です!」
「みんな、すごいねー!小学生の頃からやってたんでしょ?フォームも綺麗だし、将来が楽しみだよ」
私がそう言って、一人一人を褒めると、彼らの表情が、少しずつ和らいでいく。
警戒心が解けていく、その瞬間を、私は見逃さない。
そして私は、本題を切り出した。その声のトーンは、あくまで、何気ない世間話のようだ。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ。みんなは、どうして、うちの中学に入ろうって思ったの?他にも、強い学校、いっぱいあったでしょ?」
その問いに、一年生たちは、待ってましたとばかりに、目を輝かせた。
一人の少年が、興奮した口調で答える。
「決まってるじゃないですか!静寂先輩がいたからです!」
「俺、小学生の時、ブロック大会、見に行ったんです!あの、常勝学園の青木選手を倒した、あの試合!」
彼の言葉に、周りの一年生たちも、大きく頷く。
私は笑顔のまま、さらに深く、聞き込みを続ける。
「へえーそうなんだ!やっぱり、しおりちゃんは人気者だねー。…でもさ、しおりちゃんって、外ではあんまり、良い噂、なかったんじゃない?『魔女』だとか言われてたって、聞いたけど…」
私の、その言葉に、彼らは、顔を見合わせた。
そして、別の一人が、少し声を、潜めて言った。
「…はい。正直ありました。『相手の心を折る、残酷な卓球だ』とか、『勝つためには、手段を選ばない、卑怯な選手だ』とか…」
「でも!」と、彼は続けた。その瞳には、確かな尊敬の光が、宿っている。
「でも俺たちは知ってましたから!あの噂が、ただの嫉妬だってこと!だって、あの青木選手が、試合の後に言ってたんです!『彼女こそが、本物の天才だ』って!」
「そうそう!」と、最初の少年が、割り込んでくる。
「それに、俺たち知ってますよ。静寂先輩が、昔、すごいいじめに遭ってたってこと。だから、心を閉ざしちゃったんだって。…だから俺たちは、分かってました。先輩は、本当は強いだけじゃなくて、優しい人なんだって!」
その、言葉。
その、純粋でまっすぐな、信頼。
私の胸の奥が、熱くなる。
(…そうか。あなたたちは、ちゃんと見ていてくれたんだね。しおりちゃんの、本当の姿を)
しかし、同時に、私の心の中には、一つの、冷たい疑問が、浮かび上がっていた。
(…いじめの、噂?しおりちゃんが?…そんな話、私は、一度も聞いたことがない…)
私の、知らない情報。
私の知らない、しおりちゃんの、過去。
その新しい、謎のピースが、私の頭の中で、カチリと、音を立てて、はまった。
私は、笑顔の仮面の下で、静かに思考を巡らせる。
この噂の、出所はどこだ?
そして、その噂は、一体、どこまでが真実で、どこからが嘘なんだ?
私の捜査は、まだ、始まったばかりだ。
そして、その闇は、私が想像していたよりも、ずっと深く、そして、複雑なのかもしれない。
私は、一年生たちに、笑顔で礼を言い、そして、その場を後にした。
私の心の中に、新しい、そして、重い調査項目が、一つ加わった、その瞬間だった。




