茜色に燃える空 (2)
次の日、放課後。
第五中学の、体育館の重い扉が、ゆっくりと開いた。
その入り口に立っていたのは、あかねさんだった。
いつものジャージ姿。しかし、その佇まいは、昨日までとは、明らかに違っていた。
彼女の口元には、かつてのあの、太陽を彷彿とさせる、明るい笑顔が、浮かんでいる。
「みんな、お疲れ様ー!今日も、頑張ってるね!」
その、あまりにも場違いなほど明るい声に、体育館中の全ての人間が、ぎょっとして、彼女を見た。
無気力にラリーを続けていた、二年生たち。
壁際でだべっていた、一年生たち。
そして、コートの中央で、険しい表情で、全体を見渡していた、私。
誰もが、言葉を失っていた。
ここ数ヶ月の彼女は、まるで、幽霊のようだった。
週に、一度か二度現れては、誰とも口を利かず、黙々と仕事をこなし、そして、消えるように帰っていく。
その彼女が、今、昔と、寸分違わぬ笑顔を、浮かべている。
その光景は、あまりにも異様で、不気味ですら、あった。
しかし、あかねさんは、そんな周囲の戸惑いなど、一切、気にする素振りも見せない。
彼女は、テキパキと、ドリンクを作り始め、そして、練習中の、部員たちの元へと、配り始めた。
「はい、お疲れ様!ちゃんと、水分補給しないと、ダメだよ?」
「わ、ありがとう、あかねさん…」
彼女はまず、最もやる気を失っていた、二年生の、一人の隣に腰を下ろした。
そして、世間話でもするように、軽い口調で、話しかける。
「ねえ、やっぱり寂しいよね。しおりちゃんも、部長先輩もいなくなっちゃって。私もさ、最近、毎日あの頃のこと、思い出しちゃうんだ」
その、あまりにも自然な、共感の言葉。
心を閉ざしていた、二年生の口から、思わず、本音が漏れる。
「…当たり前じゃない。あの頃は、最高だった…。それに比べて、今は…」
「だよねー」と、あかねさんは相槌を打つ。
そして、彼女は核心に触れる。その声のトーンは、あくまで、何気ない噂話のようだ。
「なんかさ、しおりちゃんが倒れる、ちょっと前から、部の中、少しギスギスしてなかった?特に、れいかちゃんのグループとか…。私、マネージャーだから、コートの外から見てて、少し気になってたんだよね」
「…!それは…」
二年生の、目が泳ぐ。
あかねさんは、それ以上追及しない。ただ、ニコニコと笑っているだけ。
しかし、その笑顔の、奥の瞳は、一切笑っていなかった。
体育館の反対側で、その光景を見ていた私は、理解していた。
(…あかねさん…)
彼女は、戻ってきたのだ。
しかし、昔の彼女ではない。
彼女は、自らの武器が何であるかを、完全に自覚している。
「笑顔」と「共感」という、完璧な、カモフラージュ。
その、仮面の下で、彼女は静かに、そして冷徹に、真実の欠片を、集め始めているのだ。




