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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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沈み行く者

 時間の感覚がなかった。


 カーテンの隙間から差し込む、光の角度だけが、今が朝なのか、昼なのか、あるいは、もう夕方なのかを、ぼんやりと示している。


 でも、そんなことはどうでもよかった。


 朝が来たって、夜が来たって、私の世界は、何も変わらないのだから。


 私の体は、まるで、鉛でできているみたいだった。


 手足を動かすのも億劫で、ただ、ベッドと一体化して、天井のシミを数えるだけ。


 お腹も、空かない。


 喉も、渇かない。


 何かをしたい、という気持ちが、綺麗に全部、なくなってしまった。


 心の中が、空っぽの洞窟みたいで、時折、冷たい風が、吹き抜けていくだけ。


 ブー、ブー、と、枕元のスマートフォンが、震えた。


 画面には「未来ちゃん」という文字が、表示されている。


 きっとまた、心配して、メッセージを送ってきてくれたのだろう。


 『大丈夫ですか』


 『何か食べるものは、ありますか』


 『明日少しだけ、顔を見に行っても、いいですか』


 その、一つ一つの言葉が、優しければ優しいほど、私の心には、鋭い棘となって突き刺さる。


 (…やめてよ)


 声には、出さない。

 出す気力も、ない。


 (…もうほっといてよ、未来ちゃん)


 (今の私に、あなたの、その優しさを、受け止める資格なんて、ないんだから)


 私は、スマートフォンを裏返し、そして、再び天井へと、視線を戻した。


 その視線の先に、部屋の隅に立てかけてある、一つのラケットケースが、目に入った。


 あの日以来、一度も開けていない、私のラケット。


 その表面には、うっすらと、埃が積もっている。


 あれはかつて、私の希望の全てだった。


 このラケットさえ、あれば。


 この腕を、磨き続ければ。


 いつか必ず、しおりにたどり着ける、と、信じていた。


 私と彼女を繋ぐ、たった一本の、光の糸だった。


 そして、その光を辿って、私は、やっと彼女を、見つけ出した。


 盗まれた宝物を、取り戻した。


 やっとこれから、また、新しい物語が始まるのだと、そう信じていた。


 なのに。


 私の宝物は、粉々に、砕け散ってしまった。


 しおりが、倒れた、その姿を見た、あの瞬間。


 私の、世界は、終わった。


 私が、彼女のそばに、いなかったから。


 私が、彼女を、守れなかったから。


 私の力が、足りなかったから。


 ラケットケースが、ぼやけて見える。


 ああ、また涙が、出てきた。


 もう泣くのも、疲れたのに。


 もう意味なんて、ない。


 卓球をする、意味も。


 ご飯を食べる、意味も。


 朝、起きる、意味も。



 私が、生きている、意味さえも。



 しおりのいないこの世界は、あまりにも広くて、そして、色がない。


 私の太陽は、もう二度と、昇らない。


 私は、ゆっくりと、寝返りを打った。


 そして、壁の方を向き、冷たい布団を、頭まで、すっぽりと被る。


 ブー、ブー、と、スマートフォンの、震える音が、まだ聞こえている。


 でもそれも、やがて、遠ざかっていく。


 私の世界は今、この布団の中の、狭く、そして、光の届かない闇だけ。


 それが、今の私に許された、唯一の場所だった。


 私は、ただ、その闇の中で、静かに、静かに、沈んでいく。

 どこまでも、深く。


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