聖域
未来 9 - 11 桜
私は、ラケットを強く、握り直した。
私の、本当の戦いは、ここから始まる。
しおりさんと共に。
ネット際に歩み寄り、私たちは、固い握手を交わした。
「…ありがとうございました」
「こちらこそ。素晴らしい試合だったわ、未来さん」
桜さんの、その声には、勝者の驕りではなく、純粋な、好敵手への敬意が、込められていた。
「あなたのその、カットと、アンチのコンビネーション。本当に厄介だった。しおりさんとはまた違う質の化け物が、ここにいたなんて、思わなかったわ」
彼女はそう言って、不敵に笑った。
私もまた、彼女に静かに、笑みを返した。
「あなたこそ。その、圧倒的なパワーと精度。 私の、全ての変化をねじ伏せようと、する、その力。常勝学園のエースに相応しい、卓球でした」
私たちが、ベンチへと戻ると、そこには、呆然と立ち尽くす、部員たちの姿があった。
一年生も、二年生も、皆言葉を失い、ただ、今の試合の残像を追いかけるように、コートを見つめている。
私は、負けはしたが、スコアは、11対9の僅差。
あの常勝学園の女王と、渡り合えた。
その、ハイレベルなやり取りを、目の当たりにしたからか、彼らの中に見えていた、私を見くびるような視線は、もうどこにも、なかった。
「…さあ、休憩は、終わりよ」
桜さんが、パン!と、手を叩いた。
「今の試合を見て、何か感じることがあったでしょう?それを、自分のプレーに、どう活かすのか。考えなさい」
その言葉に、部員たちが、はっと我に返る。
そして彼らは、これまでとは、比べ物にならないほどの、真剣な眼差しで、ラケットを握り直し、練習を再開した。
そうだ。
これこそが、私が見たかった光景。
私たちは、二人で再び、部員たちを指導していく。
桜さんが、ドライブのフォームを修正し、私が、戦術の組み立てに、アドバイスを送る。
体育館に、再び活気が戻ってくる。
それは、かつてのしおりさんと部長さんがいた頃とは、また違う、新しい光。
やがて、今日の部活は、幕を閉じた。
私は、体育館の鍵を閉めながら、一人静かに、呟いた。
「…見ていてください、しおりさん」
…あなたの帰る場所は、私たちが、必ず守り抜いてみせますから。
そしていつか、あなたと私。
二人で、このコートの上で、心ゆくまで「対話」をする、その日を夢見て。




