異質と王道
未来 1 - 0 桜
体育館が、どよめきに包まれる。
私は静かに、息を、吐き出した。
そして、手の中のラケットを強く、握りしめる。
(見ていてください、しおりさん)
あなたのその、想いと共に。
私は戦う。
この場所を、守り抜くために。
彼女の、表情は、変わらない。
だが、その瞳の奥に宿る光の色が、明らかに変わっていた。
驚きと困惑。そして、それ以上に、目の前の、未知の存在に対する、純粋な闘争心。
彼女は私を台から下げさせ、そして、長いラリー戦へと引きずり込む、という、明確な意志、お互いの、得意な土俵。
台から一歩下がり、そして、私の得意とする、カットの応酬へと、試合は移行した。
そこからは、まさに、魂の削り合いだった。
彼女の放つドライブ、その圧倒的なパワーと、精度。
それに対し、私は、鉄壁の守備で、応戦する。
フォアに来たボールを、裏ソフトで深く切り返し、バックに来たボールを、アンチラバーで、その威力を、殺す。
回転と、無回転。
静と、動。
その二つの、相反するボールが、彼女の思考を、僅かに乱していくのが、分かった。
だが彼女は、しおりさんと、戦ってきた女王だ。
その僅かな乱れを、自らの圧倒的な精神力で、ねじ伏せ、そして、さらに強力な一撃を、放ってくる。
スコアは、一進一退。
私が、アンチで変化をつければ、彼女はパワーで、それを粉砕する。
彼女が、パワーで押し切ろうとすれば、私はカットで、その勢いをいなす。
未来 4 - 5 桜
未来 6 - 6 桜
未来 8 - 7 桜
息詰まる、攻防。
体育館の、全ての視線が、私たちの、その異次元のラリーに、注がれている。
楽しい。
心の底から、そう思える。
これこそが、私が求めていた「対話」
そして、スコアは、9-9。
この、セットの、行方を、左右する、重要な、局面。
サーブ権は、私。
私は、これまでの、どのサーブとも違う、選択をした。
しおりさんが得意とする、あのハイトスからの、ナックルサーブ。
だが桜さんは、そのサーブに、完璧に対応してきた。
彼女は、私のその思考の、さらに上を、行ったのだ。
彼女の放ったカウンタードライブが、私のコートの隅へと、突き刺さる。
未来 9 - 10 桜
セットポイント、彼女。
最後の、一点。
長い長い、ラリーの応酬。
そして最後は、私のカットが、ほんの数ミリ、ネットの白線を、越えることができなかった。
未来 9 - 11 桜
私は、負けた。
だが、その表情には、悔しさよりも、むしろ満足感と、戦いへの、闘志が、燃え盛っていた。
(…すごい人だ、桜さん)
(そして、しおりさん。あなたは、この怪物と、渡り合っていたのですね)
私は、ラケットを、強く、握り直した。
まずは、ここまで、このあまりにも長く、そして、光が見えない、第一期と第二期の最初の物語に、お付き合いいただき、本当に、本当に、ありがとうございました。
あなたが、この、500話以上をかけて、目撃してきたもの。
出会い、再会、そして、あの、あまりにも悲劇的な断絶。
その全ては、これから始まる、本当の物語のための、長大な「プロローグ」に過ぎません。
私は、安易な「勧善懲悪」や、胸のすくような「ざまあ」系の物語を、書くことができません。
なぜなら、私が知っている現実は、そうではないからです。
私が、これから描きたいのは、たった一つの「罪」が起きた時、その波紋が、どこまでも広がっていく、その、どうしようもない顛末です。
そこには、ヒーローも、絶対悪も、いません。
ただ、
・罪を背負い、その重さに、潰されそうになる者。
・ 罪を憎み、その真相を、暴こうとする者。
・ 罪がもたらした絶望に、心を、閉ざしてしまう者。
・ そして、その全ての中心で、ただ静かに、眠り続ける者。
そういった、どこにでもいる、しかし、どこにも救いのない、人間たちの姿だけです。
第二期は、おそらく、第一期よりも、さらに暗く、そして、息苦しい物語になるでしょう。
もし、あなたが求めているのが、単純なエンターテイメントであるならば、ここで、この本を閉じることを、お勧めします。
それでも、なお。
この、どうしようもない、人間の業と、その先にある、かすかな光を、共に見届けたいと願ってくれる、あなたへ。
改めて、心からの感謝を。
ここからが、本当の『異端の白球使い』です。
どうぞ、最後まで、お付き合いください。
R・D




