再始する聖域
「―― 一年生、全員私と、試合をしなさい。」
私のその、静かな、しかし、絶対的な宣言に、体育館の空気が凍りついた。
一年生たちは、こそこそと、話し始める。
「おい、マジかよ…」
「常勝の青木桜…。噂は、聞いたことあるけど…」
「でもよ、あのしおり先輩に、二回も負けた選手だろ?」
その、結果しか知らない、浅はかな言葉。
それを聞いていた、二年生の一人が、怒鳴り返した。
「お前、何も知らないのか!青木先輩は、しおりが唯一ライバルだと、認めている選手なんだぞ!」
私は、そんな彼らのやり取りを、静かに見つめる。
そして、ラケットを握り、コートに立った。
「…来なさい。一セット先取でいいわ」
最初に挑んできたのは、一番生意気そうな顔をした、一年生だった。
私は、彼に言った。
「ハンデをあげる。8点、最初からあなたに渡すわ。サーブ権も、譲る。」
「…なっ!?」
試合が始まる。
結果は、言うまでもなかった。
私は、その後の全員を、無失点で蹂躙した。
11-8。
たった、3ポイントを、取るだけで、一年生の勝利は決まる、だが、勝利したものは、一人もいなかった。
体育館は、水を打ったように、静まり返っている。
一年生たちは、呆然と、立ち尽くしていた。
私は、ラケットを置き、そして、彼ら全員に問う。
「…確かに私は、静寂さんに、二度負けた。それは、事実よ」
「でも、あなたたちはどうなの?」
「しおりさんを目標にして、この部の門を、叩いた。中には、他の強豪校を蹴ってまで、ここに来た人もいるでしょう。 なのに、今のあなたたちは、何?」
「目標がいないからと、途方に明け暮れても、仕方ない。 練習に、身が入らないのも分かるわ」
「だけど、胸に手を当てて、考えてみてほしい」
私の声が、静かな体育館に、響き渡る。
「静寂さんは、どんな場面でも、私に挑み、そして、二度も私に土を着けた。どんな劣勢でも諦めない、誇り高い選手だったわ」
「そんな彼女は今、事故で昏睡状態に陥っている。 病室の、ベッドの上で、今も一人で戦っている」
「彼女が帰ってきた時、この光景を見れば、なんて思う?」
「もし、彼女に憧れて、この学校を選んだのなら、彼女が帰ってきた時に、誇りを持って、彼女の指導を受けられる、そんな自分であるべきではないの?」
「静寂さんは、病室で今も戦っている。そして彼女は、必ず勝つ。」
「だから、私たちも戦わなければならない。彼女が帰ってくる、その場所を、守るために。」
「規律を正し、集中し、練習し、気高くこの部を守る。それが、今のあなたたちが見せられる、しおりさんへの敬意じゃないの!?」
私の、力強い演説。
それは、彼らの心の奥底に、確かに届いていた。
一年生たちの瞳に、再び、闘志の炎が灯り始める。
「…確かにな、しおりが帰ってきて、こんな状態の部をみたら、どんな皮肉を言われるか、分かったもんじゃないな…!」
二年生たちもまた、ラケットを強く、握りしめていた。
そうだ。
これで、いい。
ここから、もう一度、始めよう。
静寂しおり、という、旗がなくとも、第5中学卓球部は戦える。
彼女が帰ってくる、その日まで。
この、場所を守り抜くために。
私の、贖罪は、今、この場所から始まったのだ。




