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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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聖域の現状

 れいかのあの、あまりにも痛々しい涙。


 その本当の理由を、知るために。


 そして姉として、私がすべきことを、見つけるために。


 翌日の放課後、私は一人、第五中学の校門の前に立っていた。


 れいかに、伝言は頼んである。


 約束通り卓球部の部長である、幽基さんが、私を待っていてくれた。


「…青木桜さん、お待ちしていました」


 彼女は静かに一礼した。その所作は、どこまでも美しく、そして丁寧だ。


 だが、その私を射抜くような、探るような視線は、明らかに私を、歓迎してはいなかった。


 その瞳の奥にある、静かな怒りと、そして、深い警戒心。


 その視線を受けて、私は確信した。


 やはりれいかは、ここで何かをしてしまったのだ、と。


「…単刀直入にお聞きします。ここで一体、何があったのですか?」


 私の、その問いに、彼女は少しの沈黙の後、静かに、首を横に振った。


「…その問いの答えは、私がお話しすることではありません。本人に聞けば、いいでしょう」


 彼女の、その言葉。


 彼女は、私の反応を見て、私が何も知らないことを、察したのだろう。


 その言葉には「あなたの妹さんがしたことです。あなたとは関係ない」という、彼女なりの、不器用な線引きが、感じられた。


「…そうですか。分かりました」


 私はそれ以上、何も聞かなかった。


 彼女は、私に背を向け、そして言った。


「…こちらへ。体育館へとご案内します」


 私は、彼女の後に続く。


 そして、体育館の扉が開かれた、その瞬間。


 私は、息をのんだ。


 そこに広がっていたものとは、私が想像していた光景とは、あまりにもかけ離れたものだったからだ。


 体育館の隅で、だらだらとラリーをしている、やる気のない二、三年生。


 そして、コートの反対側で、不満そうに、ひそひそと話している、不貞腐れたような一年生たち。


 そこに強豪校としての活気も誇りも、何一つ存在しなかった。


「…これが、今のこの部の現状です」


 未来さんが静かに、そう言った。


 私は、信じられないといった思いで、呟いた。


「…ここがあの、私を二度も倒した、静寂さんの所属する、卓球部なのですか…?」


「はい」と未来さんは、頷いた。


「かつてはそうでした。男女シングルスで、全国大会優勝を果たした、二人の天才がいた場所です」


「ですが部長…、猛先輩は卒業し、そして、しおりさんは今、昏睡状態にあります」


 その、衝撃的な事実に、私は言葉を失った。


(…昏睡状態…?あの、事故で…?そんな、重いものだったの?)


「一年生たちの多くは、しおりさんに憧れて、この部に入ってきました。ですが、当のしおりさんはいません。 目標を失った彼らの心は離れ、そうしてこの部は今、内側から、腐っていっています」


 未来さんはそこで、一度言葉を切り、そして、私に向き直った。


 その瞳には、強い強い光が、宿っていた。


「私は、しおりさんが帰ってくる場所を、守りたい。 ただそれだけです」


「どうか、あなたの力を貸していただけないでしょうか。 この、迷える一年生たちに、本物の卓球を、教えてあげてほしいのです」


 その彼女の、あまりにも真っ直ぐな、そして、気高い姿。


 その姿に、私は、私の最高の好敵手(ライバル)、静寂さんを見た、そんな、気がした。


 私はその、崩壊しかけた部を、たった一人で支えようとしている、彼女のその覚悟に、胸を打たれた。


(…そうか。れいかが壊した、関係したのは、恐らく、静寂さんの昏睡状態の件、そしてそれをきっかけに、卓球部が壊れてしまう、そういうことなのかもしれない)


(このチームそのものをも、彼女は…)


 私はラケットケースからラケットを取り出し、ラケットを強く、握りしめた。


 そして、彼女に答えた。


「…分かりました。あなたの、その覚悟、受け取りました」


 私は、体育館の中で、不満そうにこちらを見ている、一年生たちの前に立つ。


 そして、宣言した。


「―― 一年生、全員私と、試合をしなさい。」


 常勝学園の女王と、第五中学の、一年生たちとの練習が、今始まった。


 それは、私が姉として、そして、一人の卓球選手としてできる、唯一の「贖罪」の、始まりだったのかもしれない。

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