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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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胡蝶の夢

(…どこ、ここ…?)


 私の意識は、どこまでも続く、暗闇の中にいた。


 音も匂いもない。ただ、静かな宇宙を一人、彷徨っているような、そんな、不思議な感覚。


 回りには、手が届きそうなほど、近くに無数の星が、キラキラと輝いている。


 その宇宙の真ん中に、ぽつんと、一つの卓球台が、置いてあった。


 そしてその台の向こう側には、人ではない何か。


 のっぺりとした、顔の影が、ラケットを持って、立っている。


 私は、自分の手を見た。


 気がついたら、私の手にも、ラケットが握られていた。


 でもそれは、いつもの、私の武器ではない。


 赤と黒のラバーが、両面に貼られた、ごく普通の、初心者用のラケット。


 私が初めて、卓球を始めた時に、おじいちゃんに買ってもらった、思い出のラケットだった。


 影が、サーブを、打つ。


 私はそれを、返す。


 ラリーが、始まる。


 言葉は、ない。


 ただ、ボールの音だけが、静かな宇宙に、響き渡る。


 そして、影が、これから試合をしようとばかりに、構える


 サーブ権は、私から。


 私は、ボールを高く、トスした。


 そして放ったのは、魂の乗った、トップスピンサーブ。


 影はそれを、ドライブで、返球してくる。


 その、山なりのボール。


 私は一歩踏み込み、そして、電光石火の三球目攻撃で、そのボールを、打ち抜いた。


 一点、私が取った。


 その、瞬間だった。


 目の前の宇宙が、スクリーンとなって、一つの光景が、映し出された。


 それは小学二年生の、秋。


 私が初めて、あおに声をかけた、あの日の光景。


「すごい。きれいな、色」


 私の、その言葉に、彼女の瞳から、ぽろりと涙が、零れ落ちる。


 そして、私が差し出した手に、彼女がそっと、自分の手を、重ねる。


 物語の、始まりが、投影される。


(…ああ、そっか。これが、私の始まりだったんだ)


 温かい感情が、私の胸を、満たしていく。


 私の、二本目の、サーブ。


 私はもう一度、あの楽しい感覚を味わいたくて、同じく、電光石火で、三球目攻撃を決めようとする。


 サーブを打ち、そして、返ってきたボールを、思いっきりスマッシュした。


 だが。


 ラケットを、振り抜いた瞬間。


 バキッ、という、乾いた破壊音。


 私の手の中で、ボールに当たったラケットが、まるでガラスのように、バラバラに砕け散った。


 そして目の前の宇宙のスクリーンに、映し出されたのは、もう温かい思い出では、なかった。


 それは、私が、最も見たくない、記憶。


 お父さんの、怒りに満ちた、顔。


 そして、彼の手によって、無残にへし折られていく、私のラケット。


 あの日の、トラウマが、投影される。


(――やめて)


 私の思考が、絶望に染まっていく。


 砕け散ったラケットと共に、私の心もまた、粉々になっていく。


 星々の、光が遠ざかっていく。


 宇宙が再び、深い深い闇に、包まれていく。


 私は、その闇の中で、一人、落ちていく。


 どこまでも、どこまでも、深く。

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