罪と罰と優しさと
家に帰り、私は制服のまま、自分の部屋のベッドに、倒れ込むようにして休んでいた。
もう、何も考えたくなかった。
何もしたくなかった。
コンコンと、控えめな、ノックの音。
そして、お姉ちゃんが静かに、部屋へと入ってきた。
「れいか、大丈夫?保健室で休んでたって、聞いたけど…」
その声には、私を心配する、優しい響きがあった。
最近の私が、明らかにやつれていることに、彼女も気づいているのだろう。
「…うん。ちょっと貧血、かな。もう大丈夫だよ」
私はそう言って、精一杯の笑顔を、作った。
だが、その笑顔は、きっとひどく歪んでいたに、違いない。
お姉ちゃんは、私のベッドの端に腰掛け、そして、私の髪を、優しく撫でた。
その温かい、手の感触。
それが、私の心の、最後の壁を、いとも簡単に壊してしまった。
私の瞳から熱い液体が、止めどなく溢れ出してくる。
「…お姉ちゃん」
私の声は、震えていた。
「私ね、私、ひどいことしちゃった…」
「どうしたの?れいか」
「私のせいで、大事なものが壊れちゃった…。お姉ちゃんが好きだった、あの場所も、めちゃくちゃにしちゃったかもしれない…」
私は、主語を曖昧にしながら、しかし、確かに、自分の犯した罪の重さを、彼女に告白していた。
その罪悪感が、私を押し潰しそうだった。
お姉ちゃんは、何も言わずに、ただ黙って、私の話を聞いてくれていた。
そして、私が一通り話し終えるのを待って、静かに、そして力強く、言ったのだ。
「…そう、そっか。」
彼女は立ち上がり、そして、私の涙を、その指で、優しく、拭ってくれた。
「れいか。あなたが何をしたのか、私にはまだ分からない。でも、あなたが、そんなに苦しんでいるのなら、私にできることをするのが、私の役目だね」
彼女の、その言葉に、私ははっと、顔を上げた。
「明日、第五中学の卓球部に行ってくる。 そして、部長の未来さんに、私が練習を見てあげる、って伝えておいて」
その、あまりにも予想外の、そして、あまりにも優しい提案。
その優しさと、そして、それに甘えることしかできない、自分のどうしようもなさに、私は再び絶望する。
(…違う。違うんだよ、お姉ちゃん。あなたが、行くべきなのは、卓球部じゃない。そして、私が欲しいのは、そんな優しさじゃ、ないんだ…)
あの事件は誰にも、知られていない。
だから、お姉ちゃんの、この行動が、ただ純粋な、善意から来ている、ということも分かっていた。
だからこそ、辛いのだ。
私は、何も答えられない。
ただベッドの中で、声を殺して、泣き続けることしかできなかった。
その涙の、本当の意味を知る者は、この世界に、私一人しかいなかった。




