罪の残像
次の日、学校の授業は、いつも通りに進んでいく。
先生の、声。
クラスメイトたちの、笑い声。
その全てが、まるで、遠い世界の出来事のように、聞こえていた。
私の心は、まだ、あの暗い部屋の中に、取り残されたままだった。
不意に、先生の机の上にある、一本のカッターナイフが、私の目に入った。
図工の授業で、使ったものだろうか。
ごく普通の、事務用品。
誰も、気にも留めない、ありふれた道具。
だが、私の目に、それが映った瞬間。
私の世界から、音が消えた。
(――あ)
あの時のことが、フラッシュバックする。
私の、手の中にあった、冷たい金属の感触。
抵抗しない、しおりさんの、その虚ろな瞳。
彼女のその、白い首筋に刃を、当てた時の、ほんのわずかな、抵抗感。
そして、皮膚が切れ、そこから溢れ出す、赤い赤い、血の匂い。
そして最後に、私が、彼女の首を、絞めた時の、あの柔らかな、感触。
少しずつ、その体から、力が抜けていく、あの、絶望的な感覚。
「――っ、ぅ…」
私の、喉の奥から、声にならない声が漏れる。
その、あまりの光景に、強烈な吐き気が催され、胃の中身が、せり上がってくる。
頭が、くらくらする。
呼吸が、できない。
「…青木?どうした、顔色が悪いぞ」
先生の声が、遠くに聞こえる。
周りのクラスメイトたちが、心配そうに、私を見ている。
その視線が、私に突き刺さる。
(…見てる)
(みんなが、私を見てる)
(私がしたことを、知っているんだ…!)
そんなはずは、ない。
あれは「事故」として、処理されたはずだ。
なのに。
その視線が、私を責めているように、感じられてならなかった。
「…先生。少し、気分が悪くて…」
私は、かろうじて、そう声を絞り出し、そして椅子から、立ち上がった。
足元がふらつく。
世界が、ぐにゃぐにゃに歪んでいる。
私は、逃げるように教室を後にし、そして、保健室へと向かう。
冷たい、廊下の壁に、何度も、肩をぶつけながら。
私の犯した、罪の残像は、これからも、ずっと私を、蝕んでいくのだろうか。
その、答えの出ない問いだけが、私の頭の中で、ぐるぐると、回り続けていた。
私の地獄は、まだ、始まったばかりなのだ。




