失くした正義
自分の部屋の、ベッドの上で、私はただぼんやりと、天井を見つめていた。
頭の中で、何度も何度も、あの日の出来事が、再生される。
静寂しおりの、あの冷たい瞳。
そして、カッとなった私の手から、滑り落ちた、カッターナイフ、彼女の首筋から、流れた、赤い血。
最後に、馬乗りになり、その細い首を、絞めた時の、感触。
(…私は、間違ってない)
私は、自分に、そう言い聞かせていた。
あの子が、悪かったのだ。
私のクラスの、調和を乱し、そして、私の完璧な世界に、馴染もうとしない、あの異端者が、悪かったのだ。
私はただ、それを、正そうとしただけ。
なのに。
(…なぜ、こんなにも、胸が、ざわつくのだろう)
(なぜこの手に残った感触が、消えないのだろう)
私がやったことが、正義ではなかったと、感じるには、三ヶ月は十分すぎた。
そうだ。
あの事件の、後。
学校は、いとも簡単に、あれを「事故」として、処理した。
私の罪は、誰にも、知られることはない。
償うことも、話すことも、許されない。
ただ、何事もなかったかのように、日常は続いていく。
その事実が、私の心に、後ろめたさとして、重くのしかかっていた。
私の信じていたはずの「正義」は、もうヒビだらけだった。
その時だった。
コンコンと、部屋のドアがノックされ、お姉ちゃんが、入ってきた。
常勝学園のジャージを着た、私の自慢の姉、青木桜。
「れいか、まだ起きてたの?」
「…うん。ちょっと、考え事」
「そう。…ねえ、れいか。静寂さんの、ことなんだけど」
お姉ちゃんが、私のベッドの端に腰掛け、そして、言った。
「あの子、まだ、入院しているのでしょう?学校での片付けの時の事故で、って聞いたけど」
「うん…」
「今度、お見舞いに行こうと思うんだけど。あなたも、一緒に行く?」
その、言葉。
その、あまりにも無邪気で、そして、優しい提案。
それが、私の心に、深く突き刺さった。
(…お姉ちゃんは、何も、知らない)
(私がしたことの、本当の意味も、そして、その罪の重さも)
私は、何も、答えられない。
ただ俯いて、首を横に振るのが、精一杯だった。
そんな私を見て、お姉ちゃんは、不思議そうに、首を傾げている。
違う。
違うんだよ、お姉ちゃん。
あれは、事故なんかじゃない。
私が、壊したんだ。
あなたのその、眩しい光に、嫉妬して。
あなたのようにはなれない、自分の弱さを、棚に上げて。
ただ自分とは違う、という、それだけの、理由で。
私の、心の中で、黒い感情が、渦巻く。
後悔、自己嫌悪。
その、全ての感情が、私を、飲み込んでいく。
私の「正義」は、もう、どこにもなかった。
ただ、深い深い闇だけが、そこには、あった。
そして、その闇の中で、私は、これから、どう生きていけばいいのだろうか。
その、答えは、まだ、誰にも、分からなかった。




