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異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

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白い天井

 今日の部活も、終わった。


 新入部員たちの、活気のある、しかしどこか空虚な声が、体育館の高い天井に、吸い込まれていく。


 私は、一人一人に声をかけ、後片付けの指示を出し、そして最後に、体育館の電気を消す。


 それが、部長である私の仕事だ。

 体育館の、重い扉を閉める。


 カチャンという、無機質な施錠の音が、やけに大きく響いた。

 私はそのまま、家路にはつかない。


 校門を出て、駅とは逆の方向へと、歩き出す。

 これが私の、新しい「日課」


 数ヶ月続けている、私の、たった一つの儀式。


 しおりさんの、お見舞い。


 病院への道のりは、もうすっかり、覚えてしまった。


 角を、三つ曲がり、坂道を一つ上る。


 道すがら、私の思考は、あの日の、出来事を再生し始める。

 彼女は、眠っている。


 ただ静かに、眠っているだけだ。


 規則正しく上下する、胸のかすかな動き。


 ピッ、ピッ、と、彼女の生命活動を、無機質に表示し続ける、モニターの電子音。


 消毒液と、清潔な、シーツの匂い。


 そして、あの雪のように白い肌と、対照的な、美しい黒髪。

 まるで、ガラスケースの中に飾られた、眠れるお姫様のようだ。


 しかし、その首筋に残る、うっすらとした、赤黒い、傷の跡が、これが、おとぎ話ではないことを、私に突きつける。


 なぜ、彼女は、ここにいるのか。


 私は、知っている。


 私は、見てしまったから。


 青木れいかさんの、その歪んだ、正義感。

 彼女のポケットから、取り出されたカッターナイフの、冷たい、銀色の、光。


 私は、しおりさんに、託された、最後の「指示」を果たせなかった。

 私が先生を連れて、あの教室に戻った時、全ては終わっていた。

 そして、あの「事件」は、いとも簡単に「事故」になった。 


 事件の数日後。

 私は、校長室に呼ばれた。


 そこにいたのは、校長先生と、教頭先生、そして、生徒指導の田中先生。


 彼らは、優しい笑顔で、私に言った。

「幽基さん、君はショックで、混乱しているんだね」と。


「あれは、教室の片付けの最中に、二人がふざけあっていて、起きてしまった、不幸な事故だった。そうだよね?」と。


 私の「見ました」という言葉は、彼らのその、分厚く、そして柔らかい「大人の論理」の壁の前で、何の意味も、なさなかった。


「これ以上学校の、そして何より、静寂さんの、名誉を、傷つけるような、ことは、言わないように」


 それは、優しいお願いの形を取った、有無を言わせない、命令だった。 


 青木れいかさんも、その取り巻きたちも、何の処分も受けていない。


 彼女たちは、今も普通に、学校に通っている。 


 これが、この世界のルール。 


 真実は、時に、いとも簡単に、握り潰される。


 なんて不合理で、残酷なルールなのだろう。


 私は、病院の入り口で、足を止める。


 深く、息を吸い込む。 


 これから私は、眠り続ける彼女に、今日の報告をするのだ。

 部の様子。新入部員のこと。そして今、私が何を考え、何をしようとしているのか。


 彼女に聞こえているかどうかは、分からない。

 でも、私は、語りかける。

 約束だから。


 私が、あなたに代わって、この理不尽な世界を「観測」し、記録し、そして戦う、と。


 あなたが、いつか、この長い眠りから覚めた、その日に、全ての真実を伝えるために。


 私は自動ドアを抜け、彼女のいる、あの、白い部屋へと続く廊下を、歩き始めた。


 私の孤独な、しかし、決して諦めることのない、戦いは、今日もまた、始まるのだ。

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