表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
第二期 引き継がれる異端

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

511/694

二年目の一学期

 あれから、三ヶ月が過ぎた。

 

季節は、春を迎えている。


 体育館には、規則正しい、しかし、どこか力の抜けた打球音が、響いている。


 私は、新しく入部してきた、一年生たちの練習風景を、じっと観測していた。


 今年の一年生は、粒ぞろいだ。中学から本格的に卓球を始めた、という未経験者は、一人もいない。皆、小学生の頃から、地域のクラブで腕を磨いてきた、エリートたちだ。


 それも、そのはず。


 この、何の変哲もない、公立の第五中学校卓球部は、今や、この地域で最も名の知れた「強豪校」なのだから。

 壁に、誇らしげに、しかし、どこか虚しく、掲げられた、一枚の横断幕。


 『祝・全国大会 男女シングルス アベック優勝』


 その、輝かしい、文字を見るたびに、私の、胸の奥は、鈍く痛んだ。


 一年生の一人が、バックハンドをネットにかけ、悔しそうに、ラケットを見つめている。


 私は、彼の元へと歩み寄り、いくつかの、技術的なアドバイスを送った。


「手首の角度が少しだけ開きすぎている。ボールを、もう少し引きつけてから、体の中心で、捉えるように」


「は、はい!部長!」


 彼は、そう元気よく返事をしたが、その瞳の奥に、ほんの少しだけ、物足りなそうな色が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。


 彼らが、本当に教えてほしいのは、私ではない。

 彼らが憧れて、この部の門を叩いた、あの「予測不能の魔女」なのだ。


 私は、何も言わずに、その場を離れた。

 脳裏に、今はもう、ここにはいない人々の顔が浮かび上がる。

 猛部長は、この春、高校へと進学していった。

 卒業式の日、彼は、私の肩を強く叩き「未来、あとは頼んだぞ」と言った。その笑顔は、いつものように豪快だったが、その目の奥には、深い後悔の色が滲んでいた。彼は結局、最後まで、自分を許すことができなかったのだ。


 日向葵さんは、あの日以来、どうしているのか、誰も知らない。

 彼女は元々、別の学校だった。事件の後、彼女の学校の卓球部も、辞めてしまったと、風の噂で聞いた。連絡は取れない。彼女はまるで、神隠しにでもあったかのように、私たちの世界から、完全に、姿を消してしまった。


 そして、しおりさんは。

 …静寂しおりは、今もあの、白い部屋の、白いベッドの上で、静かに、眠り続けている。

 いつ目覚めるのか、誰にも分からない。

 あるいは、もう二度と…。

 そこまで、思考が至りそうになった、その時だった。


 体育館の、入り口のドアが、静かに開いた。


 あかねさんだった。


 彼女は、誰とも目を合わさず、静かな足取りで、マネージャー用の机へと向かい、そこに、スポーツドリンクの入ったボトルを、並べ始める。

 かつての、太陽のような明るい笑顔は、どこにもない。ただ淡々と、仕事をこなしているだけ。


 彼女は、週に一度か二度、こうして、顔を見せる。それが、彼女なりの、この部活との、そして、私たちとの、ぎりぎりの繋がり方だった。


 私たちの視線が、一瞬だけ交差する。

 お互いに、何も言わない。


 しかし、その一瞬の視線だけで、私たちは、互いの心の重さを、理解し合っていた。

 私は再び、コートへと目を戻す。


 才能ある一年生たち。部の未来。

 しかし私の目には、彼らの姿が、どこか色褪せて見えていた。


 そうだ。

 この体育館は、あまりにも、静かすぎる。

 あの、二人の「天才」がいた頃の、あの空気を切り裂くような、緊張感も、全てを溶かすような、温かい笑い声も、もうどこにもない。


 私の新しい戦いは、始まっている。

 それは、全国大会優勝、という、輝かしい目標ではない。

 ただ、この光を失い、ゆっくりと崩壊しかけている、大切な「場所」を、彼女たちが、いつか、帰ってくるその日まで、私が部長として、守り抜く。


 あまりにも孤独で、そして、終わりの見えない戦いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ