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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会

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長く暗い夜の始まり

 …しおり。私の英雄。


 私はただ、呆然と立ち尽くしていた。


 時間の感覚がない。


 私の世界の全ては、目の前の、その一点に収束していた。


 血。


 血、血、血。


 あかい、あかい、あかい。


 床に広がる、その赤い、水たまり。


 しおりがいつも着ていた、あの真っ白なブラウスを、まるで、夕焼けのように、じわりじわりと、染め上げていく、その赤。


 その中心で、ぴくりとも動かない、小さな塊。


 投げ出された手足。散らばった、美しい、黒髪。


 まるで、精巧に作られた、壊れた人形。


 部長の、絶叫が、聞こえる。


 先生の、怒声が、聞こえる。


 誰かが、震える声で「救急車!」と、叫ぶのが、聞こえる。


 でもその全ての音は、私の耳には、届いていなかった。


 まるで、分厚い水の、底にいるみたいだ。


 全ての音が、くぐもって、歪んで、意味を、なさない。


(…しおり…?)


 私の思考が、フリーズする。


 理解が、できない。


 理解、したくない。


 目の前に、転がっている、その、人形のような、塊が、しおりだ、ということを。


(…嘘だ)


 頭の中で、誰かが、そう呟く。


 これは、嘘だ。悪い、夢だ。


 だって、おかしいじゃないか。


 だって、私たちは、やっと、会えたばかりなのに。


 やっと、また、昔みたいに、笑い合えるようになったばかりなのに。


 つい、この間、お泊まり会を、したじゃないか。


 あなたの家で、あなたの作った、あの、不思議な、でも、最高に美味しいカレーを、食べたじゃないか。


 あなたが、私のために、選んでくれた、あの可愛い、ふわふわの、パジャマ。


「お揃いだね」って、あなたは悪戯っぽく笑って、言ったじゃないか。


 あの時、あなたの、少しだけ、上気した頬は、確かに、温かかった。


 一緒に、練習もした。


 あなたのあの、秘密の実験室で。


 私の知らない、あなたの、卓球への情熱を、見せてもらった。


 あなたの隣で、ボールを打ち合える、その時間が、永遠に、続けばいいと、心から思った。


 これからの、楽しい、未来の話を、たくさん、たくさん、したばかりなのに。


 高校はどうする?とか、今度はどこへ、遊びに行く?とか。


 そんな、ありふれた、でも、私にとっては、宝物のような約束を、したばかりなのに。


 やがて、救急隊員が駆けつけ、しおりは、担架に乗せられる。


 誰かが、私を制止する。腕を、掴まれる。


 その感触で、私の思考の、フリーズが、解けた。


 ダメだ。


 ダメだ、連れていかないで。


 その、白い、顔。


 ぴくりとも、動かない、体。


 閉じられた、瞳。


 その光景が、私の網膜に、焼き付いて、離れない。


 いやだ


 いやだ、いやだ、いやだっ!しおり!行かないで!


「いやだ!離して!しおりが、しおりが、死んじゃう!」


 私の喉から、自分のものではないような、金切り声が、(ほとばし)る。


 私を押さえる、誰かの手を、必死に、振りほどこうと、もがく。


 そうだ。


 彼女は、私がずっと、探してきた、親友だった。


 私を、孤独から、救ってくれた、英雄だった。


 そして、何よりも、私が、この世界で、一番、愛している、人だった。


 その全てが、今、私の目の前で、消え去ろうとしている。


 その、あまりにも、残酷な現実を前に、私の、心は、完全に、砕け散ってしまった。


 涙が、止まらない。


 視界が、ぐにゃぐにゃに、歪む。


 体が、ガタガタと、震える。


 息が、できない。喉がひきつれて、酸素が、入ってこない。


 私の世界から、色が、消えた。


 体育館の、床の木目も、ボールのオレンジ色も、全てが、意味を失い灰色に、沈んでいく。


 私の、世界から、音が、消えた。


 部長の声も、先生の声も、遠ざかっていき、ただ、自分の心臓が、破裂しそうに、鳴り響く、ドクン、ドクン、という音だけが、支配する。


 私の世界から、光が、消えた。


 天井の照明が、不意に、その輝きを失い、世界は、永遠の闇に、閉ざされる。


 そこには、ただ、深い深い、絶望という、名の、闇だけが、広がっていた。


 私の太陽が、今、完全に、沈んでしまったのだ。


 その闇の中で、私は、ただ、彼女の名前を、何度も、何度も、叫び続けることしか、できなかった。


 その声が、自分自身にさえ、もう、聞こえていないとも知らずに


 太陽は、沈み。 長い、夜が、始まる──


『異端の白球使い』


 第一部 完


 ―― 第二部へ、続く ――

 まずは、ここまで、この長い、そして、あまりにも痛みを伴う、第一部の物語に、最後までお付き合いいただき、本当に、本当に、ありがとうございました。


 しおりと葵、二人の少女の物語は、一度ここで、最悪の形で、幕を下ろします。 読者の皆様が、望んでいたものとは、きっと違う結末でしょう。その悲しみや怒り、そして、絶望感に対して、作者として、心から、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


しかし、この物語は、最初から、ただ光だけを描く物語ではありませんでした。 光が強ければ、影もまた濃くなる。その、どうしようもない、世界の真実を描くことが、私の、この物語を紡ぐ者としての、誠実さなのだと、信じています。


 太陽を失い絶望に沈む者。 罪の感触に、心を苛まれる者。 そして、その全ての悲劇を、最も近くで、ただ静かに「観測」していた、一人の、少女。


 残された者たちの、本当の戦いが、ここから、始まります。


 第二部の投稿も、これまでと変わることはありません。 明日からも変わらず、この長い夜の物語を、紡いでいきます。


 もし、よろしければ。 この光を失った、先の見えない、絶望的な世界に、それでもなお、付き合っていただけるのなら。 どうか[ブックマーク]や[☆☆☆☆☆評価]で、その、声なき「覚悟」を、私に教えてください。 それが、この、暗い海を、渡り切るための、私の、唯一の羅針盤となります。


 第一部、最後まで、本当にありがとうございました。 そして、ここから始まる、第二部も、どうぞ、よろしくお願いいたします。


R・D

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