異端審問 (4)
『私の後に、気付かれないように、着いてきて観察してください。そして、何かあったら、先生を呼んでください』
しおりさんの、そのメッセージを胸に、私は彼女を、そして、れいかさんを見失わないように、慎重に、距離を保ちながら、その後をつけた。
三階へと続く、階段。
空き教室の近く、物陰に隠れ、息を殺して、二人の会話に、耳を澄ませ、覗き見る。
聞こえてきたのは、れいかさんの、そのあまりにも、歪んだ、正義の言葉。
そして、しおりさんの、言葉。
れいかさんの表情が、怒りと屈辱に、歪む。
そして彼女は、ポケットから、一本のカッターナイフを、取り出した。
「…!」
私は、息をのんだ。
ダメだ。
これは、私が介入できるレベルを、超えている。
しおりさんの指示通り、先生を呼ばなければ。
私はその場から飛び出し、佐藤先生の元へと、全力で、走った。
「先生っ!大変です!しおりさんが…!」
私のその、必死の形相に、佐藤先生も、事の重大さを、察してくれたのだろう。
私たちは、再び、あの教室へと向かって、全力で走った。
だが。
私たちが、そこにたどり着いた時、全ては、もう終わっていた。
扉の隙間から、見えた光景。
しおりさんは、首筋から大量に出血していて、生きているかどうかも怪しい。
しおりさんは、なんの反応も示さない。
私の足が、その場に縫い付けられたように、動かない。
声が、出ない。
頭の中が、真っ白になる。
(…間に、合わなかった…)
私が、もっと、早く、先生を、呼んでいれば。
いや、違う。
私があの時、しおりさんから、メッセージを受け取ったとき、止めて、私が代わりに、れいかさんと、対峙していれば。
私の、思考が、後悔と、自責の念で、ぐちゃぐちゃになっていく。
部長さんと先生が、救急車を呼び、必死で応急処置をしている。
救急隊員が駆けつけ、しおりさんを担架で運んでいく。
後に残されたのは、血の匂いが充満した、静かな、教室と、そして、床に、倒れていた、しおりさんの跡。
私は、声も、出せずに、その場に、崩れ落ちた。
私の、思考は、完全に、フリーズしていた。
(…しおりさん…)
あなたが信じて、私に託してくれた、最後の指示。
私はそれを、守ることが、できなかった。
あなたの、その信頼を、私は、裏切ってしまった。
その、どうしようもない絶望感だけが、私の心を、支配していた。
音がまるで違う世界の、出来事のように、聞こえていた。
私の世界は、今完全に、音を失っていたのだ。
しおりさんという、光を、失って。




