異端審問 (3)
(…なんだ、これ)
(なんだよ、これ…!)
俺の頭の中は、真っ白だった。
理解が、できない。
理解、したくない。
目の前で、血を流し、倒れている、あいつが、しおりだということを。
俺が、守ると誓ったはずの、大切な仲間だと、いうことを。
「――っ!」
俺の思考が、フリーズする。
どうすればいいか、分からない。
体が、動かない。
声が、出ない。
(…そうだ)
その混乱の中で、俺の脳裏に、一つの言葉が、浮かび上がった。
救急車。
「そうだ、救急車!」
俺は、震える手で、スマートフォンを取り出し、そして、119番を押した。
「はい、消防です。火事ですか、救急ですか」
「きゅ、救急だ!人が、人が、倒れてる!第五中学の、三階の空き教室だ!早く、来てくれ!」
俺は必死に、状況を伝える。
電話の向こう側で、冷静な声が、応急処置の方法を、俺に伝えてくれる。
止血。気道の、確保。
俺は、その、電話越しに伝えられた通りに、必死に、動いた。
先生が、どこからか持ってきた、タオルでしおりの、首元の傷を、強く押さえる。
血が、じわりと滲み、俺の手を、真っ赤に染めていく。
(…なんで、だよ…)
(なんで、俺は、また、こうなんだ…!)
やがて遠くから、サイレンの音が、聞こえてきた。
救急隊員が、駆けつけ、そしてしおりは、担架に、乗せられ、運ばれていく。
先生が、「頑張ったな猛、俺がついていくからお前たちは休め!」と言って、その救急車に、乗り込んでいった。
後に残されたのは、俺と葵と未来、そして血の匂いが、充満した、静かな教室だけ。
誰も、何も、言わない。
無言の、時間。
俺は、自分の、血に濡れた手を、ただじっと、見つめていた。
そして、どうしようもない、怒りと、後悔が、俺の心を、支配していく。
(…守る、と、誓ったじゃ、ねえか)
(なのに、なんだ、これは)
(俺が、目を離した、ほんの僅かな時間で、あいつは、いとも簡単に、死にゆくレベルのことが、起きたじゃねえか…!)
俺の、動揺は、ものすごかった。
風花の、時と、同じだ。
いや、それ以上だ。
俺は、また、何も、できなかった。
ただ、目の前で、大切な仲間が、傷ついていくのを、見ていることしか、できなかった。
俺の、この力は、一体、何のために、あるんだ。
主将?先輩?
笑わせるんじゃ、ねえ。
俺は、自分の無力さに、ただ、歯を、食いしばることしか、できなかった。
教室の窓から差し込む、冬の光が、やけに冷たく、そして、残酷に、感じられた。
俺たちの、あの温かい日常は、もう二度と、戻ってこないのかもしれない。
そんな、絶望的な思いだけが、俺の心を、支配していた。




