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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
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異端審問

 短い冬休みが終わりを告げ、三学期の始業式の日。


 体育館に、全校生徒が集まっている。


 校長先生の、長い話。


 それを私は、いつものように、思考を停止させ、やり過ごしていた。


 だが、その話が終わり、次に、壇上に上がった、生徒指導の先生の言葉に、私は耳を、疑った。


「――えー次に、冬休み中の、部活動の活躍について表彰を行う。卓球部前に」


 その言葉に、体育館がざわめく。


 私と部長は、顔を見合わせ、そして、ゆっくりと壇上へと向かった。


 全校生徒の視線が、私たち二人に注がれている。


 表彰が終わり、教室へと戻る、その時だった。


「――静寂さん、少し、いいかしら?」


 学級委員の、青木れいかさんが、私の前に立っていた。


 その笑顔は、いつも通り完璧だった。だが、その瞳の奥には、冷たい光が宿っている。


 私に話があるらしい。

 場所は、空き教室を指定された。


 私は、近くにいた未来さんに、素早くメモを書き、手渡した。


『私の後に、気付かれないように、着いてきて観察してください。そして、何かあったら、先生を呼んでください』


 未来さんは、そのメモに一瞥をくれると、静かに、そして力強く頷いた。


 私は、覚悟を決め、れいかさんが待つ、教室に入った。


 その、瞬間。


 バタン、と、大きな音を立てて、教室のドアが閉められる。


 れいかさんの、取り巻きたちが、私を囲み、身動きが取れなくなった。


「静寂さん。あなたやっぱり、空気が読めないのね」


 れいかさんは、そう言って、冷たく笑った。


「あなたは、このクラスに相応しくない。クラスに馴染もうとしない、異端者。そんなもの、クラスにはいらないのよ」


 彼女のその、歪んだ正義。


 私は、冷静に問い返す。


「…あなたが去年、不登校にさせてきた、というあの子たちも、そうやって追い詰めたのですか?」


 これは鎌かけだった、ある日から私の二つ後ろの生徒が、突然学校にこなくなり、その子は、れいかさんのグループに入っていなかった。


 その私の言葉に、れいかさんの、完璧な笑顔が、ぴくりと歪んだ。


「あらあなた、意外と周りを見ているのね。 そうよ。彼らは、この教室に相応しくなかった。 だから、私が正してあげたの」


 彼女の、その言葉には、一点の曇りもない。


 彼女は、本気で自分を正義だと、信じている。


 中学一年生という、狭い世界の中で、自分が世界の中心だと信じ切っている、その危うい万能感。


「…あなたも、そうしてあげる」


 彼女はそう言って、ポケットから一本の、カッターナイフを、取り出した。


 そして、その冷たい刃を、私の首筋に、軽くなぞるように当てた。


 皮膚が切れ、赤い線が、浮かび上がる。


 首筋が、焼けるように痛い。


 だが私は、何のリアクションもしない。


 この程度の痛み。悲しいことに、慣れている。


 父のあの暴力に比べれば、こんなものは、ただの子供の遊びだ。


「……あなた、青木桜の、妹でしょう?」


 私がそう言うと、彼女の動きが、ぴたりと止まった。


「彼女は誇り高かかった、私に向かって、正々堂々と戦い、向き合った、誇り高い選手だった。その彼女の妹が、こんな卑怯なことを、していいのかと、そう言ってるのです」


 その言葉が、最後の一線を越える引き金になった。


 彼女の顔から、全ての表情が、消え去る。


 そして、その瞳には、純粋な憎悪と、嫉妬の炎が、燃え盛っていた。


「…うるさいっ!」


 彼女が叫ぶ。


「あなたさえいなければ…!お姉ちゃんは、私を見てくれた!あなたが、お姉ちゃんに認められて、私が認められないなんて、おかしいじゃない!私が、正さないと!」


 その叫びと共に、彼女は、私を床に倒し、そして、馬乗りになり、私の首を、絞めた。


 息が、できない。


 視界が、白く染まっていく。


 私は、抵抗しない。


 ああ、そうか。


 こんなにも私は、彼女に恨まれてたんだ。


 私の思考が、遠ざかっていく。


(…でも、まあいいか)


(この一年。本当に、夢のような時間だった)


(友達もできた。優しい先輩にも会えた。あおとも、仲直りできた)


(小学生の頃に、本来は死んでいたのだから、この一年は、泡沫夢幻の、夢だったんだ)


 ありがとう、みんな。


 さようなら、あお。


 私の意識は、そこで完全に遠ざかった。


 予測不能の魔女の、その短く、そしてあまりにも、濃密だった物語は今、ここで、本当に終わりを告げたのかもしれない。

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