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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
502/674

最後の一点

 体育館の、全ての音が、消え去ったかのようだ。


 聞こえるのは、ネットの向こう側に立つ、九州中学のエース、市ノ瀬の荒い呼吸音と、そして、俺自身の早鐘を打つ、心臓の音だけ。


 マッチポイント、は俺。


 あと、一点。


 この一点を取れば、俺の全国制覇が決まる。


 だがその一点が、限りなく遠い。


 市ノ瀬の、その切れ味鋭いドライブが、何度も何度も、俺を襲う。


 俺はなんとか、最後の一線を割らせないように、必死に食らいついている。


 だが、もう限界だった。


 体力も、集中力も、底をつきかけている。


(…くそっ、どうすれば…)


 その、絶望的な状況の中で、俺の脳裏に、ふと懐かしい光景が、蘇った。


 それはまだ、俺たちが小学生だった頃。


 風花との、思い出。


 いつも天才的なプレーで、俺を翻弄する、彼女。


 そんな彼女に、俺が「どうすれば、お前みたいに、なれるんだ?」と聞いた時。


 彼女は、きょとんとした顔で、そして、太陽のように笑って、言ったのだ。


『どうして?猛は、猛らしく、やればいいじゃん!』


(…俺らしく、か)


 そうだ。


 俺には風花、お前のような、天性の才能も、後藤のような冷静さも、ねえ。


 俺にあるのは、ただ、この馬鹿みたいに、熱い魂と、そして、諦めの悪さだけだ。


 俺は、しおりを思い出し、観客席へと目を、向けた。


 彼女は静かに、こちらを見ていた。


 そして俺が、彼女を見た、その瞬間、彼女が、何かを察したように、小さく頷いた、気がした。


(…ああ。そうだよな)


 そうだ。


 俺は、俺らしく戦う。


 猿真似でも、みっともなくても、最後まで、足掻き続ける。


 泥臭いファイト、それが、俺のやり方だ。


 俺は、決意を固めた。


 サーブ権は、市ノ瀬。


 彼が放ったのは、渾身の、下回転のロングサーブ。


 俺を、打ち合いの勝負へと引きずり込むための、一球。


 俺はその挑発に、乗る。


 ドライブで、応戦する。


 壮絶な、ラリーの応酬。


 そして、ラリーが10本を超えた、その時だった。


 俺の返球が、ほんのわずかに、甘くなった。


 市ノ瀬は、それを見逃さない。


 彼は一歩踏み込み、そして、渾身のスマッシュを、叩き込んできた!


(――今だ!)


 俺はそれに対し、ドライブで応戦しない。


 それまで大きく振っていた、ラケットの動きを、一瞬で、殺す。


 そして、その全身の力を抜き、コンパクトなモーションで、ボールの下を、鋭く切った!


 しおりの、ストップを真似した、一球!


 市ノ瀬は、強打を読んで、後ろに下がっていた。


 その、彼の予測を、俺のこの試合で、初めて見せた変化技が、完全に裏切ったのだ。


 彼は、慌てて前に駆け込む。


 だが、もう遅い。


 ボールは、ネットの白線の上を、するりと越え、そして、彼のコートの、その中央に、ぽとりと、落ちた。


 彼は虚を突かれ、失点する。


 猛 18 - 16 市ノ瀬


「うぉぉぉりゃあああああああああっ!!」


 俺は、天に向かって、雄叫びを上げた。


 勝った。


 俺たちが、勝ったんだ。


 俺は、観客席で、涙を流して喜んでくれる、仲間たちの元へと、走り出した。


 俺たちの、長い長い戦いが、今最高の、形で、幕を閉じたのだ。

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