過去の試合
「静寂さん。あの試合、とは…?」
小笠原さんの、その問いに、私は静かに頷いた。
そして、語り始めたのだ。
私のこの、全国大会の、本当の意味を。
「…青木桜という、選手が、います」
私の、その言葉に、小笠原さんの表情が、ぴくりと動く。常勝学園の絶対女王。彼女が知らないはずはない。
「最初で戦った県大会決勝。 あの試合は、フルセットの死闘でした。そして最後は、エッジインという、運が味方になり、なんとか勝っただけ。私の完敗でした」
「そして二回目。この前のブロック大会の準決勝。 あの、試合は、勝てましたが、その一球一球が、魂を削り合うような、ギリギリのやり取りだった。あの高揚感は、今でも忘れられない」
そうだ。
あの試合こそが、私の卓球人生の中での、最高傑作だった。
それに比べれば、今日の決勝戦など、あまりにも色褪せて見える。
「…そして」
私は、隣で、私の腕をぎゅっと、握りしめている、あおを見た。
「ブロック大会の、一回戦。あおとの戦い。」
「あの試合は、私にとって、ただの試合ではなかった。私が捨ててきた過去と向き合い、そして、未来へと歩き出すための、儀式でした。その辛さは、どんな試合の苦しさとも、比べ物にならない。それでも、試合の後、あおが、私の隣に来てくれた。 その嬉しさもまた、どんな勝利の喜びとも、比べ物にならないものでした」
私の、その告白。
それを聞いた葵は、もう声を上げて、大泣きしていた。
「しおりぃ…!うわああああん!」
その涙は、悲しみではない。
私たちの絆が確かめられたことへの、喜びの涙だ。
そんな私たちを見て、小笠原さんは、静かに、しかし全てを察したように、頷いていた。
彼女は、賢い選手だ。
私とあおの間に、何か特別な、そして、深い物語があることを、感じ取ったのだろう。
彼女は、あおとの試合には、それ以上触れず、そして、私に言った。
その瞳には、新しい炎が、燃え盛っていた。
「…そっか。青木桜か。私も、名前だけは知っている。常勝学園の女王。そして、お前がそこまで言うほどの、相手」
彼女は、不敵に笑った。
「…面白い。私も戦ってみたいな。その女王とやらと」
その、言葉。
その、闘志。
そうだ。
全国にはまだ、こんなにも強い選手たちが、いる。
私の戦いは、まだ終わらない。
この仲間たちと、そして新しい、好敵手たちと共に。
私の物語は、ここから、始まるのだ。