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異端の白球使い  作者: R.D
異端者
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異端者 (5)

 練習後、顧問の先生は私を呼び止め、向き合った。周囲の部員たちは、遠巻きに私たちを見ている。好奇心と、まだ理解できないものへの戸惑いが混じり合った視線だ。


「あのラケット…裏と表で、ラバーが違うようだね」


 顧問は、私の手に持たれたラケットに視線を向けた。「特に、こちらの面は…アンチラバーか?」


「はい。アンチラバーです」


 私は、簡潔に答えた。


 顧問は、頷きながらも、困惑したような表情だ。


「アンチラバーをバック面に貼る選手はいるが…フォア面にも使うのか? 」


 彼は言葉を切った。


「そして、君は、それを試合中に…持ち替えているように見えたが、正しいか?」


「はい。その通りです」


 私の言葉に、顧問の目が僅かに見開かれた。


「やはり…!」顧問は、独り言のようにつぶやいた。


「試合中、君の打球の質が、明らかに変わる瞬間があった。同じようなフォームから、回転のかかった重いボールが出たかと思えば、次の瞬間には、フッと失速するような無回転ナックルになったり、あるいは逆回転になったり…」


 顧問は、顎に手をやり、考え込むように言った。


「あれは、ラケットを、つまり裏と表のラバーを、瞬時に持ち替えることで生まれる変化、ということなのか?」


「はい」私は頷き、説明を続けた。


「このスタイルは、裏ソフトとスーパーアンチ、それぞれのラバーが持つ特性を、最大限に活かすために採用しています」


 私は、手に持ったラケットを少し傾けた。


「裏ソフトは、強い回転とスピードを生み出すことに優れています。攻撃的な打球を放つ際に使用します」


 次に、ラケットを素早く反転させ、スーパーアンチの面を見せた。


「スーパーアンチは、摩擦が極めて少ないため、相手の回転の影響を受けにくいという特性があります。これにより、相手の強いドライブや回転サーブに対して、回転をほぼ無効化したブロックや、予測不能なナックルを返すことができます」


 顧問は、私の説明を真剣な表情で聞いている。


「なるほど…相手の回転を無効化する…それは分からなくもないが、それを攻撃にどう繋げる?」


「スーパーアンチで相手の打球をブロックし、予測不能な球質で相手の体勢やリズムを崩します。相手が戸惑った隙に、ラケットを瞬時に持ち替え、裏ソフトで攻撃的な打球を放ち、ポイントを奪います」


 私は、淡々と、しかし論理的に説明した。


「持ち替えは、相手にその変化を悟られないように、極めて高速に、そしてモーションに違いが出ないように行うことが重要です」


 顧問は、私の説明を聞きながら、何度も頷いた。


「つまり…裏ソフトで攻め、スーパーアンチで相手を惑わせ、そしてまた裏ソフトで仕留める…それを、瞬時の持ち替えによって実現している、ということか」


「はい。それが、私の戦術の核となります」


 私は、言葉を続けた。


「体躯の不利を補うためには、正面からのパワー勝負や、一般的な戦術だけでは限界があります。相手の予測を外し、混乱させることで、リーチやパワーといった物理的な差を無効化することができます」


 顧問は、感心したような表情で私を見つめた。「小学三年生から、独力でこのスタイルを…君は…」


 彼は言葉を選んだ。


「…天才なのかもしれないな。いや、天才という言葉だけでは片付けられない、何か別のものを持っている」


 顧問は、私のラケットから顔を上げ、再び私に視線を戻した。


「しかし、このスタイルは…非常に難しいだろう。習得には、相当な練習量と、それを裏打ちする基礎技術が必要不可欠だ。君は、それを乗り越えてきた」


「必要なことでしたので」


 表情を変えずに答える。


 昔から、私の身長は伸び悩んでいた。今も145cmと、同年代の平均より8cmほど低い。


 そのハンデを覆すための、私なりの合理的な方法が、このラケットの持ち替えだったのだ。


 そして、勝利という形でしか自身の価値を証明できない私にとって、このスタイルは、勝利への最も合理的な道だった。それは、必死さであり、孤独な探求だった。


 顧問は、私の目を見て、何かを探るような表情をした。そして、やがて笑顔になった。


「よし、分かった。君のスタイルは、この中学校の卓球部において、おそらく唯一無二のものになるだろう。正直、私にとっても未知数な部分が多い」


 顧問は、私の方へ一歩踏み出した。


「しかし、君の才能と、卓球に対する真摯な姿勢は理解できた。市町村大会に向けて、君のスタイルを最大限に活かせるよう、私も考えていこう。部としての練習も当然あるが、君自身のスタイルを磨くための時間は、必要に応じて確保できるように配慮しよう」


 顧問の言葉に、私は僅かに目を見開いた。


 理解。


 私が求めていたものであり、同時に、あまり期待していなかったものだ。


「ありがとうございます」


 私は、丁寧に礼をした。


 顧問は、私の肩に手を置いた。


「市町村大会、期待しているよ。君の異端の卓球が、どこまで通用するのか、私も楽しみにしている」


 顧問との会話を終え、私は部員たちの視線を感じながらも、一人静かに部室へと向かった。私の異質なスタイルは、部内に波紋を投げかけた。しかし、顧問という理解者を得られたことは、今後の卓球生活において、大きな意味を持つかもしれない。


(…市町村大会。そこが、最初の証明の場となる)


 静かな闘志を胸に抱いて。

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