最後の一点
セットカウント 静寂 2 - 0 緑山
第三セット スコア:静寂 10 - 6 緑山
マッチポイント、私。
あと、一点。
この一点を取れば、私の勝利が、そして、全国制覇が確定する。
体育館の、全ての視線が、私に注がれているのが、肌で感じられた。
だが、私の心は、どこまでも静かだった。
私は一度、深呼吸をして、そして、サーブの構えに入る。
ボールを天高くに上げ、そして、これまでの、どの試合よりも、大きく、優雅に、大袈裟なテイクバックの、モーションに入った。
視覚的な情報を最大化し、相手の思考を、飽和させる。
(…あなたの思考は、今「下回転か、ナックルか」「ロングか、ショートか」という、情報の迷路にいる)
そして、私はその迷路に、最後の一撃を与える。
打つ瞬間に、アンチラバーへ切り替え、そして、超低空の、ナックルロングサーブを放つ!
弾丸のような速さで、彼女のバックサイド深くへと、突き刺さる一球。
緑山選手は、私のその、大きなモーションから、ハイトスの幻影から、強い下回転と読み、ボールを持ち上げるために、ドライブを放つ。
だが、そのボールには、回転というものが存在しない。
彼女のラケットは、そのボールを捉えきれず、ナックルのため、無情にも、ネットに引っ掛かってしまう。
静寂 11 - 6 緑山
その、瞬間。
体育館が、割れんばかりの、歓声に包まれた。
優勝が、決まったのだ。
私は、ネット際に歩み寄り、そして、ネットの向こう側で呆然と立ち尽くす、緑山選手に、深く一礼をした。
試合終了の挨拶をし、そして、観客席に向かって、一度だけ、軽くラケットを掲げる。
仲間たちの、歓喜の声が聞こえる。
あおの泣き顔と、笑顔が見える。
私はその光景を、冷静に観測しながら、ベンチに戻る。
そして、私の思考は、この勝利のデータを分析し、そして、結論を導き出していた。
(…優勝。目的は、達成された。だが…)
(正直、拍子抜けだったな)
そうだ。
この、決勝戦。
その中身は、準決勝の、あの試合とは、比べ物にならない。
(あの、青木桜との、試合のほうが、よほど、気の抜けない、戦いだった)
彼女との、あの死闘。
私の全てを懸けて、ようやく掴み取った、あの、勝利。
それに比べれば、この決勝戦は、ただの作業に過ぎなかった。
私の胸の内にあるのは、勝利の高揚感では、ない。
ただ、次なる、問い。
(青木桜よりも強い、相手は、どこにいるのだろうか)
(私のこの「異端」を、打ち破る、本当の強敵は、まだ、現れないのだろうか)
私の、本当の戦いは、まだ終わらない。
この、全国制覇すらも、私にとっては、ただの、通過点に、過ぎないのだから。