私の英雄
静寂 2 - 0 緑山
コートの中で、しおりが二本連続で、エースを決めた。
そのあまりにも鮮やかな、そして、あまりにも美しい軌道。
観客席がどよめき、そして静まり返る。
観客席で誰かが「…えげつねえ」と、呟いていた。
(…すごい。すごいよ!しおり…!)
私の心臓が、ドキドキと高鳴る。
サーブ権が、相手の緑山選手へと移る。
ここから、本当の戦いが、始まる。
緑山選手が放ったのは、質の高い下回転の、サーブだった。
しおりは、それに動じない。
彼女は、そのサーブを、美しいフォームから放たれるドライブで返球し、真っ向から打ち合う。
その光景を、見ていた私は、息をのんだ。
そこにいたのは、「予測不能の魔女」では、なかった。
私が知っている、昔の彼女。
ただ純粋に、卓球を楽しみ、そしてどんな相手にも、真正面から挑んでいく、あの太陽のような、かつてのしおりそのものに、見えた。
緑山選手は、強い。
そのパワーとスピードは、これまでの、どの相手とも違う。
不利な体躯のしおりは、何度も左右に振られ、そして、追い詰められる。
だが、彼女は崩されない。
その圧倒的な技量で、どんな、ボールにも食らいつき、そして、相手の予測を超えるコースへと、ボールを、打ち返す。
その姿は、まるでコートの上を舞う、蝶のようだった。
ラリーが続くたびに、緑山選手の顔から、余裕が消えていくのが、分かった。
彼女のその、完璧なはずだった卓球が、しおりのその、あまりにも自由で、そして、楽しそうな卓球の前に、少しずつ崩壊していく。
しおりは、緑山選手を追い詰めていく。
スコアは9-3。しおりの、リード。
そして、しおりにサーブ権が、移る。
観客席の、誰もが、固唾をのんで、見守る中。
しおりはあの、大きなテイクバックから、変幻自在の、サーブを放った。
ナックル、下回転、ロング、ショート。
その全てが、同じフォームから繰り出される。
緑山選手はもう、そのサーブに対応できない。
二本連続の、エース。
静寂 11 - 3 緑山
第一セットは、しおりの、完勝だった。
私は立ち上がり、そして、力の限り、叫んでいた。
「しおりー!すごいよー!」と。
涙で、視界が滲む。
でもそれは、悲しみの涙じゃない。
私の愛した英雄が、今、この最高の舞台で、誰よりも楽しそうに輝いている。
その事実が、嬉しくて嬉しくて、仕方がなかったのだ。