小笠原 凛月 (6)
インターバル終了を告げるブザーが、鳴り響く。
私は立ち上がり、コートへと向かう。
ただ勝利への、純粋な渇望だけが、炎のように燃え盛っていた。
第三セット。
サーバーは、私。
コーチの指示通り、私は、ドライブでの打ち合いに持ち込むため、質の高いロングサーブを放った。
(乗ってこなかったらどう進める…?なんとかロングへの打ち合いに持ち込みたいが…、)
だがコートの向こう側に立っていたのは、私の知っている「魔女」では、なかった。
第一、第二セットの様子とは違い、彼女はどこか、生き生きとしていて、まるで別人のようだったのだ。
その瞳には、冷徹な分析の光ではなく、純粋に、卓球を楽しむ、子供のような輝きが宿っている。
彼女は、私のその、ロングサーブに対し待ってましたとばかりに、真っ向からドライブで応戦してきた。
そこから始まったのは、壮絶なドライブの応酬。
パワーでは、私の方が上のはずだ。
なのに、彼女のボールは、不思議と重い。
その一球一球に、これまでの、どのボールよりも、温かく、そして重い「想い」が、乗っているかのようだった。
その打ち合いを、私は心地よいと感じていた。
これだ。
これこそが、私がしたかった卓球だ。
ラリーが、10本を超えた、その時。
私は、勝負に出た。
渾身の力を込めて、フォアハンドスマッシュを、叩き込む。
決めきったと、確信した、その一球。
だが、彼女は倒れない。
彼女のその、最後の一線を割らせない技術は、一級品だった。
私の、強打に、彼女は、ロビングでひたすら繋ぎ、そして、私が体勢を崩した、その一瞬の隙を、見逃さなかった。
彼女は飛び込むように、前に出て、そしてカウンターのスマッシュで、得点する。
その、あまりにも鮮やかな一撃。
私は、なす術もなかった。
試合は、その後も彼女のペースで、進んだ。
私が、攻めれば攻めるほど、彼女はその粘りと、そして、時折見せる、天才的なひらめきで、私を上回っていく。
最後は11-9。私は、惜しくも、この第三セットを、落とし、そして、試合に敗れた。
試合終了の、コールが、響く。
私はラケットを置き、ネット際に歩み寄った。
その気持ちは、不思議と清々しかった。
完敗だ。
だが、最高の試合だった。
「…ありがとうございました」
私たちが挨拶し、握手すると、彼女はほんの少しだけ、照れくさそうに、微笑んだ。
その笑顔は、私が試合中に見た、あの楽しそうな笑顔だった。
(…静寂しおり。あなたは一体、どんな、人間なんだろう)
(どうして、あんな卓球が、できるんだろう)
(もっと知りたい。あなたの、ことを)
私は、気づけば、口を、開いていた。
「…あの。もしよかったら、あなたの話、もっと聞きたい。観客席に、ついていってもいいかな?」
私のその、唐突な申し出に、彼女は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに静かに、頷いてくれた。
その仕草が、私の心を、不思議と温かくした。
私の、全国大会は、ここで、終わった。
だが、私の新しい物語は、どうやら、ここから、始まるようだった。