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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
491/674

小笠原 凛月 (5)

 私の本当の死闘は、まだ終わらない。


 それどころか、さらに深い迷宮へと、足を踏み入れてしまったようだった。


 そこからの試合は、もはや私の理解を、超えていた。


 私がドライブを打てば、彼女は、アンチラバーでその回転を殺し、そして逆に、アンチラバーで、ドライブを放ってくる。


 そのナックルドライブは、私の予測の全てを裏切る、異質な弾道。


 台上で、勝負を仕掛ければ、彼女は、多種多様なストップの、回転で私を翻弄する。


 下回転、横回転、そしてナックル。


 その全てが、同じモーションから繰り出される。


(…おかしい。アンチラバーは本来、守備的に戦うプレイヤーが、使うもののはずだ。なのに、彼女の卓球は、あまりにも、攻撃性が高い)


 そして私が、なんとかその変化に食らいつき、カウンターを狙っても、彼女のそのアンチラバーは、まるで、鉄壁の盾のように、私の攻撃をいなし、そして、逆に鋭い速攻へと、転じてくる。


 堅守速攻。


 いや、それすらも生ぬるい。


 これはもはや、守備ではない。


 相手の力を利用し、そして、増幅させて返す、カウンターの真髄だ。


 極めつけは、彼女のサーブ。


 あの、超低空のナックルサーブが、同じテイクバックのモーションから、次々と放たれてくる。


 下回転、ナックル、横下回転。


 ショートと、ロング。


 その全ての組み合わせが、私の思考を、飽和させていく。


(…もしかしたら、見せてないだけで、横回転のサーブも来るかもしれない)


 そのプレッシャーが、私のレシーブの精度を、確実に奪っていく。


 スコアは、無情に離れていく。


 6-11。


 第二セットも、終わった。


 私は、またしても、彼女に敗れた。


 だが。


 私の、心は折れてはいなかった。


 むしろ、その逆。


 私の、全身の細胞が、歓喜に打ち震えていた。


(…静寂しおり。あなたは最高だ)


 その、底知れない引き出しの多さ。


 その常識を覆す、戦術。


 その全てが、私を奮い立たせる。


 私は、ラケットを強く、握り直した。


 そしてネットの向こう側で、相変わらず無表情のまま、こちらを見ている、魔女を睨みつけた。


 私の、本当の、反撃は、ここから、始まるのだ。


 インターバル。


 私はベンチへと戻り、タオルで、顔の汗を拭った。


 隣で、コーチが厳しい表情で、腕を組んでいる。


「あの、静寂しおりという選手…。彼女の引き出しの、多さは異常だ。我々の、予測を、遥かに超えている。…おそらく、あれでもまだ、全てではない。まだ、隠しているものがあるだろう」


 その言葉に、私は静かに頷いた。


 そうだ。


 私も、そう感じていた。


 彼女のその、底知れない才能。


 それはまるで、どこまでも続く、深淵のようだった。


「…コーチ。どうすれば、勝てますか」


 私の、その問いに、コーチはしばらく黙り込んだ。


 そして彼は、一つの結論を、口にした。


 それは、私たちがこれまで避けてきた、最もシンプルで、そして、最も、過酷な戦術。


「…もう小手先の戦術では勝てん。彼女は小柄だ、恐らく体力もない、勝つには、ロングへの打ち合いに持ち込み、お前のその体格差と、打球の力の差、そして体力の差で、ねじ伏せるしかないかもしれん」


「だが、それは賭けだ。彼女のあの粘りを、お前が上回れるかどうか…」


 彼の、その言葉。


 それは私が、この試合で、相手の方が、完全に卓球の技術が、上だと認める、ということ。


 その事実に、私の胸には、敬意と悔しさ、そのどちらもが、同時に込み上げてきた。


「…やります」


 私は、言った。


「それしか道が、ないのなら。私は、私の全てを懸けて、彼女に挑みます」


「…そうか」


 コーチは、静かに頷いた。


 そして、彼は続けた。


凛月(りつき)。次のセット、タイムアウトはなしでいく。 とにかく相手を休ませるな、打ち合いも、フォアとバックに揺さぶりを入れていけ」


「はい」


 私は、ラケットを強く、握り直した。


 そして、ふと思う。


(…静寂しおり。あなたは一体、どんな人間なんだろう)


(どうして、あんな卓球が、できるんだろう)


(もっと、知りたい。あなたのことを)


 その時私の心の中に、ほんのわずかに、友達になりたいという、不思議な感情が、芽生えた気がした。


 だが今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。


 目の前には、倒すべき最強の敵がいる。


 インターバル終了を告げる、ブザーが鳴り響く。


 私は立ち上がり、コートへと向かう。


 その瞳には、もう迷いはない。


 ただ、勝利への、純粋な渇望だけが、炎のように燃え盛っていた。



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