小笠原 凛月 (4)
第二セット。セットカウント 小笠原 0 - 1 静寂
静寂のサーブから、始まる。
私は、自信に満ちていた。
もう、あなたの魔法のタネは、見破ったと。
彼女は、大袈裟なテイクバックから、下回転のショートサーブを、放ってきた。
私は、そのサーブに対し、コーチの指示通り、ツッツキで低く、そして深く、返球する。
ラリーが、始まる。
そして、三球目。
彼女は再び、あのモーションを見せてきた。
アンチラバーを、私に見せつけるように構え、そして、氷の上を滑らせるかのように、なぞるような返球をしてくる。
(…来た!)
私の、思考が加速する。
(コーチの言う通りだ。私が返したツッツキは、下回転。ならば、このボールも、下回転のはずだ!)
私は、回転は下回転と見切り、そして、そのボールの落下点へと、深く踏み込んだ。
そして、そのボールを持ち上げるために、そして、相手のスペースを撃ち抜く為に、思いっきりドライブを、放つ!
だが。
ボールがラケットに、触れた瞬間。
私は、気づいてしまった。
何か、致命的な見落としを、していたことに。
ボールの、感触がおかしい。
軽い。
あまりにも軽すぎる。
(…まさか…!)
そう。
彼女は、あのモーションの中で、ボールを滑らせていなかったのだ。
ただ普通に、アンチラバーで、ボールを弾いただけ。
つまり、そのボールは、回転のかかっていない、ただのナックルだった
私は、精一杯ボールを持ち上げようとするが、下回転を打つためのフォームで、ナックルボールを、コントロールできるはずもない。
ボールは持ち上がらず、そして、私のラケットは、無情にも、ネットに強く当たった。
小笠原 0 - 1 静寂
(…やられた…!)
私は、彼女のそのモーションに、気を取られるあまり、アンチラバーという、ラバーそのものの、基本的な特性を、忘れてしまっていた。
彼女は選択できるのだ。「回転をなぞる」か「回転を殺す」か、その二つを。
そして私は、そのあまりにも単純な、二択の罠に、まんまとはまったのだ。
私は、ネットの向こう側で、相変わらず無表情のまま、こちらを見ている静寂しおりを睨みつけた。
彼女のその口元が、ほんのわずかに、笑みを浮かべたような、気がした。
それは、私を嘲笑うかのような、冷たい冷たい、魔女の微笑みだった。
見破らせて、二択のうちナックルという択を、私の中から消し、確実にナックルを通す、そんな作戦だったとしても驚かない。
私の背筋に、悪寒が走る
私の本当の死闘は、まだ終わらない。
それどころか、さらに深い迷宮へと、足を踏み入れてしまったようだった。