小笠原 凛月 (3)
第一セットは終わった。
7-11
スコア以上の完敗だった。
私は、ベンチへと戻り、タオルで顔を覆った。
悔しい。
だがそれ以上に、私の心は、燃え上がっていた。
静寂しおり。面白い。
あんな卓球をする人間が、この世界にいたなんて。
「…すまん、凛月」
隣でコーチが、苦々しい声で言った。
「俺は、相手を完全に侮っていた。まぐれで全国まで来た選手、障害にはならない、と」
彼のその言葉に、私は首を横に、振る。
「いえ、コーチだけのせいじゃありません。私も、彼女を見くびっていた」
そうだ。
私たちは二人とも、彼女のその異質さに、完全に飲まれてしまったのだ。
コーチは腕を組み、そして、険しい表情で、分析を始めた。
「…それにしてもあの一球。そして最初の一球もだ。アンチラバーから放たれる、回転のあるレシーブ。あれは、一体、なんだ…?」
彼のその問いに、私もまた、答えを見つけ出せずにいた。
「…信じられないが、…考えられる可能性は、一つ」
コーチは続ける。その声には、確信と、そしてそれ以上に、信じられないといった響きが、混じっていた。
「恐らく彼女は、ボールがラケットに当たる、その瞬間に、ボールを滑らせるようにして、回転をなぞりながら返球することで、回転を維持したまま、相手に返球している」
「…そんなこと、可能なんですか?」
「理論上は可能だ。だが、その技術は軌道を完全に掌握し、そこにラケットを滑らせるように、さらに隙もなく、返球しなければならない。彼女はそれをやっている。あれはもはや、超絶技巧の技だ」
そして、彼は続けた。
「そして彼女が、アンチラバーを見せつけるのも、我々に、回転をナックルと読み違えをさせるための、ミスリードだ。あの構えが来たら、もうアンチか裏ソフトか、という判断は、捨てろ」
「…では、どうすれば?」
「あの構えが来たら、お前が出したサーブと、同じ回転が来ると、見ていいはずだ、アンチラバー自体に、回転を作る力はないからな。横回転を出せば横回転が。下回転を出せば下回転が返ってくる、と予測しろ。それが、今の我々にできる、唯一の対策だ」
コーチの、その言葉。
その、あまりにも、的確な分析と指示。
私の頭の中の霧が、すっと晴れていくようだった。
そうだ。
そういうことか。
あの、魔術のタネは。
私は、ラケットを、強く握り直した。
そして、不敵に、笑った。
「…なるほど。面白い」
「タネが分かれば、もう魔法じゃない。ただの手品だ」
インターバル終了を告げるブザーが、鳴り響く。
私は立ち上がり、コートへと向かう。
その瞳には、もう迷いはない。
ただ、魔女のその、化けの皮を剥がし、そして勝利を掴むという、絶対的な確信だけが、宿っていた。
私の本当の反撃は、ここから始まるのだ。




