小笠原 凛月
私は、静かに立ち上がった。
主審の、コールが響き渡る。
私と静寂は、コートの中央へと歩み寄り、そして深く、一礼をした。
「「よろしくお願いします」」
その、静かな挨拶と共に、私の全国大会、準決勝の幕が上がった。
第一セット。
サーバーは私。レシーバーは静寂。
(…不気味で、手口不明の魔女)
(まずは、こちらの、最強の武器で、その化けの皮を、剥がしてやる)
私は、自信を持って、サーブを放った。
私の最も得意とする、鋭く切れた、横回転のロングサーブだ。
並の選手なら、まず、まともに返すことすらできない、必殺の一球。
だが、静寂しおりは、違った。
彼女は、そのサーブに対し、アンチラバーの面を、私に見せつけるかの様に、構えた。
そして、彼女のラケットが、ボールに触れる、その瞬間。
彼女は、ボールを「弾く」でも「止める」でもない。
まるで、氷の上を滑らせるかのように、ラケット面をスライドさせるようにして、返球した。
(…なんだあの、打ち方は…?)
私は、その構えに、一瞬何かを感じた。
だが、それ以上に、私の思考を支配したのは、目の前の事実。
(…いや、アンチラバーだ。ならば返ってくるボールは、確実にナックルのはずだ)
私はそう読み、そして、そのナックルボールを叩き潰すために、ラケットを鋭く構え、返球しようとする。
だが。
私の目の前で、信じられない現象が起きた。
ボールが、私のコートでバウンドした、その瞬間。
まるで、私がかけた回転が、そのまま返ってきたかの如く、ボールは大きく、横に逸れていったのだ!
ナックルではない。
これは、私が放った横回転、そのもの。
アンチラバーは、回転を殺すラバーのはずだ。
なのになぜ。
…なにが、起こった…?
私の思考が、完全にフリーズする。
その、魔法のようなボールに、私の体は、反応することすらできず、ラケットは虚しく、空を切った。
小笠原 0 - 1 静寂
私は、呆然と立ち尽くしていた。
ネットの向こう側で、静寂しおりは相変わらず、無表情のまま、こちらを見ている。
その、静かな瞳の奥で、彼女が静かに、笑っているような気がした。
(…面白い。私の新しい「対話」に、あなたは、どう答えてくれますか?)と。
私の全身に、悪寒が走る。
この女は、魔女だ。
私の常識も理論も、全てが通用しない、本物の魔女なのだ、と。
私の、本当の死闘は、今まさに、始まったばかりだった。