つかの間の休息(2)
その、あまりにも自然なスキンシップ。
私の、胸の奥がまたぽかぽかと、温かくなっていくのを、感じていた。
私たちの戦いは、まだ続く。
だが、この温かい時間がある限り、私たちはきっと、どこまでも強くなれる。
私は、そう確信していた。
シングルス準決勝が始まるまで、私たちは、観客席で、それぞれの戦いを、振り返っていた。
最初に口火を、切ったのは私だった。
「…竹村選手ですが」
私は、先ほどの試合のデータを、頭の中で再構築しながら言った。
「第一セットでの、台上の捌き合いへの固執。そして、最終セットでの、ロングとショートを組み合わせた揺さぶり。どちらも理にかなった戦術でした。ですが、どちらも付け焼き刃。私の前では、意味をなさない」
「うんうん!しおりの敵じゃ、なかったよね!」
葵が私の腕に、さらに強く絡みつきながら、言う。
だが未来さんは、静かに首を、横に振った。
「…いいえ。彼女は間違いなく天才です。あの短時間で、しおりさんの卓球を分析し、そして、有効な戦術を組み立て実行する。並の選手にできることでは、ありません」
「…ええ。私も、そう思います」と、私は頷いた。「だからこそ、もう一度戦ってみたい。彼女が、その戦術を、完成させた時に」
その私の、言葉。
それは、かつての私には、なかった感情。
好敵手との再戦を望む、という、純粋なアスリートとしての、想い。
「…それに、比べて」
私は、今度は部長の方へと、視線を向けた。
「あなたの相手、神宮寺選手。彼は、竹村選手とはまた別のタイプの、天才でしたね」
その言葉に、部長が苦虫を噛み潰したような、顔で、唸った。
「…ああ。思い出したくもねえ。あいつの卓球は異常だ。まるで、心を持たない機械と戦っているようだった。俺の全てを見透かされ、そして、じわじわと解剖されていく、あの感覚…。正直、心が折れかけた」
「でも、そこから、大逆転したんじゃん!すごかったよ、部長!」
あおが、自分のことのように、嬉しそうに言う。
「…ああ。あれは、しおりのおかげだ」
部長が、真っ直ぐに、私を見た。
「お前が前に言ってた『泥臭い、粘り』あの言葉がなかったら、俺は今頃、ここでこうして、笑っていられなかっただろうな」
その彼の、素直な言葉。
私は、少しだけ照れくさくて、そっぽを向いて答えた。
「…別に。私は事実を述べたまでです。あなたのその、諦めの悪さは、時として、私の予測すら凌駕する。それだけのことです」
「はっはっは!素直じゃねえな、お前は!」
部長が、豪快に笑う。
その笑い声に、仲間たちも、つられて笑う。
その温かい空気の中で、私は一人、思考を巡らせていた。
(…神宮寺慧)
(彼の卓球は、確かに、かつての私に似ている。だが、決定的に、違うものが、ある)
(それは、仲間という変数の有無。そして、何よりも…)
「…リスクを冒してでも、なにを失ってでも、相手を叩き潰す、という覚悟の有無、ですね」
私のその呟きに、未来さんが、静かに頷いた。
そうだ。
彼には、それがなかった。
だから、彼は負けたのだ。
そして、今の私には、それがある。
この仲間たちが、いるから。
この、温かい場所が、あるから。
私は、どんなリスクも、恐れない。
私は、失うことを、恐れない
準決勝の開始を告げる、アナウンスが響き渡る。
私は、立ち上がった。
その胸の中には、一点の曇りもない。
ただ、この仲間たちと共に、勝利を掴む、という、確かな意志だけが、そこにはあった。
さあ、行こう。
次の、舞台へ。