異端者と罪悪感
まさかあそこまで強引とは。都会の警官は恐ろしい。
私は、そんなことを考えながら、コンビニの中へと、入った。
先生は、何も言わずに買い物かごを手に取り、私の後に続く。
私は、そのかごに容赦なく、スポーツドリンクや、栄養補助のゼリー飲料を入れていく。
部長もあかねさんも、そして、あおも未来さんも、みんな、疲れているはずだ。
その時、私の思考に一つの、罪悪感が浮かび上がった。
そして、論理的ではない。ただの質問をしてしまう。
「…先生」
「ん?どうした静寂」
「先生は、結婚しているのですか?」
私の、そのあまりにも唐突で、そして、プライベートな質問に、先生は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに楽しそうに笑った。
「はっはっは。してるしてる。可愛い嫁さんと、腕白な息子と娘、二人いるぞ」
「そうですか」
私は、それだけを答え、そして再び、商品を選び始める。
先生は、そんな私の様子を、不思議そうに見ていた。
「…どうしたんだ、急に。それがどうかしたのか?」
「…いえ。別に」
私は、答える。
だが、本当は違う。
私は少しだけ、さっきの揉め事に、後ろめたさを感じていたのだ。
もし本当に、先生が警察署に連れて行かれていたら。
彼の可愛い奥さんと、腕白な息子さんたちを、悲しませることに、なっていたのかもしれない。
そう思うと、私の胸の奥が、またちくりと、痛んだ。
先生は、そんな私の心の揺らぎを、見透かしたかのように、優しく笑った。
「ははあ。さてはお前、さっきのこと、気にしてるな?」
「…別に、気にしていません」
「嘘つけ。顔に、書いてあるぞ」
彼はそう言って、私の頭を、わしわしと撫でた。
「大丈夫だよ。連れてかれたら、終わりだったけどな! はっはっは!」
その彼の、豪快な笑い声。
それが私の心の中の、小さな棘を、そっと抜いてくれた、ような気がした。
無意識に行っていた、私の話を反らす、という試みは、失敗したようだ。
私は、観念して、小さな声で呟いた。
「………ごめんなさい」
「警察官が、あんな強引なものだとは、知らなくて…」
「おう気にするな。うちの県だと、みんな知り合いみてえなもんだからな。 あんなことは、まずねえよ」
先生は、そう言って、笑った。
「でもな静寂。ここは東京だ。 俺たちが知らないルールが、たくさんある。だから注意するんだぞ。 お前みたいな奴は、すぐに目をつけられるからな」
その彼の言葉は、優しく、そして温かかった。
「…はい」
私は、静かに頷いた。
その時、私は気づいた。
先生の、その買い物かごが、もうずっしりと、重そうになっていることに。
どうやら私は、無意識のうちに、たくさんの商品を、入れてしまっていたらしい。
「…先生。重いですか?」
「…いや大丈夫だ。これくらい、どうってこと、ねえよ」
そう言って強がる、彼の腕が、ぷるぷると震えているのを、私は見逃さなかった。
その光景に、私の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
この不器用で、そして、誰よりも優しい大人といる時間は、決して悪いものではなかった。