異端の卓球哲学
(…俺たちの大逆転劇は、まだ始まったばかりだ)
(このまま、一気にまくってやる)
コートの中で、部長が天に向かって、咆哮している。
その全身から、闘志という名の炎が、燃え盛っているのが見て取れた。
観客席のあおも、未来さんも、その光景に、固唾をのんで見入っている。
だが私には、この試合の結末が、もう見えていた。
(…もう、この試合は、終わりか)
私は、静かに立ち上がった。
そして、隣に座る、顧問の先生に、声をかける。
「先生。飲み物が、足りなくなったので、買いに行きます」
「お、おう。そうか。だが…」
「…大丈夫です。すぐに戻りますので」
私はそう言って、観客席を後にし、外のコンビニへと、向かおうとする。
「お、おい!静寂!待て!」
先生が慌てて、私の後を追いかけてくる。
「ここは東京だぞ!一人で行って、迷子にでもなったらどうする!」
先生は、未来さんに「すまん!少しこいつに、ついていく!」と声をかけ、そして、私の隣に並んだ。
その表情には、私への、心配の色が浮かんでいる。
「部長の試合は、見なくていいのか?」
先生が、そう問いかける。
私は歩きながら、平坦な声で、答えた。
「…もう見る必要はありません。結果は、見えていますから」
「何?」
私は一度立ち止まり、そして、先生の目を、真っ直ぐに見て、言った。
「あの神宮寺選手には、攻撃手段がない、もしくは攻撃する気が見えません。恐らく彼の卓球は、相手のミスを誘って勝つというスタイル。自らリスクを犯さず、ひたすらに自爆を待ち、得点を狙う選手なのでしょう」
「その戦い方を、否定はしませんが、今の、粘りに入った部長には、その戦術は通用しない。本人は気づいていないかもしれませんが、部長の粘りの技術は尋常じゃありません。甘いボールを見定める目も養われています、部長を打ち破るには、神宮寺選手自身がリスクを犯し、より厳しく意表を突くか、攻勢に転じるかしないと勝てないのです」
私はそこで、一度言葉を切った。
そして、私の卓球哲学、人生、その根幹をなす言葉を、続けた。
その声は静かだが、しかし、絶対的な確信に満ちていた。
「先生。勝つ、というのは、リスクを取る、ということなんです。」
その言葉に、先生は息をのんだ。
そうだ。
リスクを恐れる者に、勝利の女神は微笑まない。
そして、神宮寺選手には、そのリスクを冒す勇気が、足りていない。
だから、この試合の結末は、もう決まっているのだ。
私は、再び歩き始めた。