灯された炎
部長 3 - 8 神宮寺
一点。
たかが、一点。
だが、その一点は、この試合の流れを、完全に変える、奇跡の始まりの一点だった。
俺の大逆転劇が、今幕を開けたのだ。
俺は、再び観客席の、しおりを見た。
彼女は相変わらず、涼しい顔でこちらを、見ている。
だが、俺には聞こえる。
彼女が、前に俺に言った、あの言葉が。
『あなたの卓球は、読みやすいし返しやすい。しかし、その泥臭い粘りと、諦めない心。その二つにおいては、私の予測を、凌駕することがあります』
そうだ。
俺にはパワーだけじゃ、ねえ。
この泥臭い粘りと、諦めない心がある。
しおりのあの、完璧な分析能力ですら、予測不能な動きを生み出す、この二つが、ある限り。
あの神宮寺の予測だって、外すことができるはずだ!
俺は完全に、吹っ切れた。
ここからは、俺の、独壇場だ。
神宮寺の、サーブ。
俺はもう、無理に攻めない。
ただ、ひたすらに、返す。
神宮寺は、その俺の、あまりにも非合理的な、プレーに戸惑い、そして、決めきれない、そんな状況に焦り始めていた。
彼の精密な卓球は、俺のその、泥臭い粘りの前に、少しずつ、その精度を、失っていく。
彼のスマッシュを、俺はコートを、駆けずり回り、そして、必死に拾い続ける。
どんなに厳しいコースを突かれても、どんなに体勢を、崩されても、俺は諦めない。
ボールを相手のコートに、返し続ける。
一点、また一点と、俺はポイントを、重ねていく。
体育館の、空気が変わる。
観客席から、俺への声援が、地鳴りのように、響き渡る。
その声援が、俺の体に、新しい力を、与えてくれる。
そしてついに、その瞬間が、訪れた。
神宮寺のドライブが、ネットを越え、俺のコートに突き刺さる。
俺は、それに飛びつき、そして、渾身の力で、ボールを拾い上げた。
ボールは、高く舞い上がり、そして、相手のコートのエッジに当たり、不規則なバウンドをして、転がっていった。
部長 8 - 8 神宮寺
「よしっ!!!」
俺は、天に向かって、雄叫びを上げた。
ようやく、追いついたぜ!
俺の心の中で、更に炎が、燃え上がる。
その俺の姿を見て、ネットの、向こう側で、神宮寺が、初めて、動いた。
彼は静かに手を上げ、そして審判に、告げた。
「――タイムアウトをお願いします」
俺は、ニヤリと、笑った。
面白い。
どこまでも、やってやるぜ。
この試合の主導権は、今、完全に、俺の手にあったのだから。